「……私達はどこまで行けばいいのですか?」

 一体どこを歩いているのか――ぐるぐる同じところを回っているような気がしていた。山というものは、楽してショートカットしようとすれば、アクシデントがつきものである。堅実な道を選ぶことが正しい選択なら、何故素人は無謀にも楽な道を選んでしまうのか――結局、安全よりも時間である。時間は何物にも代えられない。
 しかし、レイラ達が時間と引き換えに手にしたのは疲労だけであった。

「うーん。飛べても正しい道が分からないと意味ないわね。疲れから寝よー」

 ヴェーダはぐったりしながら、レイラの中へ入っていった。魔力で体を形成している彼女は、レイラ達と一緒に汗水流して、登山などする必要もなかった。目的地に着くまで寝ていれば良いのだから。

「ちょっと! 私の中で休もうとしないでください。狡いです!」

 レイラが文句を言うも、ヴェーダが出てくることは無かった。本当に疲れたのだろう。

「……おかしいなぁ。こんなはずじゃなかったんだけど」

 ルーンは首を傾げる。結論から言うと、レイラ達は山で迷っていた。
 レイラ達がフロラルの次に向かったのは、サランドとメジアの境目にそびえるルメイユ山という場所だった。世界一の高さを誇るルメイユ山は、神が降りるとされている神聖な山だ。他にも、迷える者を導く山とも言われている。
 聖なる山ではあるが、誰もがその恩恵を受けられるように、登山は禁じられていない。ただし、通行出来るルートはフロラルの時と同様に限られており、立ち入り禁止区域もある。立ち入り禁止になっている区画は、凶暴な魔物がうろついているということもあり、封鎖されている。
 しかし、その中に災厄の封印場所があるのだという。一行は目立たないように正規のルートを避け、人目につかない道をあえて選んだ。移動魔法は『魔法の使用はご控えください』とのことで使わなかった。自然を感じて登って欲しいという神の願いだとか、単純に神聖な場所だからとか、様々な理由が挙げられているが、実際はここに集まる魔力を荒らさないようにしているのだ。神聖な山のうえ、災厄の封印場所ということもあり、そういったところは厳しいようだ。
 従わずに進むことも出来たが、通報されたら面倒なので使わず進むことにした。正規ルートから外れている時点で見つかったら通報されそうな気もするが――とレイラは思ったが、代案が無いのでこの時点では、何も言わなかった。
 しかし、結果は迷子という有様だ。さすがに文句の一つも言いたくなる。

「最初から正しい道で行けば良かったんじゃないですか?」
「参拝目的ならそれで良かったんだけど。封印場所は道から外れた場所にあるから、正規の登山道から抜けると目立つんだよ」

 言い分も分からなくも無いが、辿り着くまでに迷子になってしまったら元も子もない。ルーンは自身の選択を間違ってはいない、と言いたげである。

「こんなはずじゃなかったんだけどな。さてさて、どうするか……邪魔者を炙りだすには――」
「ん、邪魔者って。誰かいるんですか?」
「邪魔者というか、魔法というか……どうにも魔術がかけられてるっぽいんだよね。誰かが意図的に僕らを迷わせている。同じ景色が続いた辺りで、嫌な予感はしていたんだけど。こうもあっさりハマるとは、そこは申し訳ないね」
「い、いえ。私なんて全く気づきませんでしたから……」

 どうやら、何者かの術中に嵌っているようだった。レイラは同じ景色を見ているような気がする、という部分までは分かっていたが、まさか魔法をかけられているなど思いもしなかった。だとすると、監視している者がいるということになる。レイラの中には、やや不安が募る。

「破れないのですか?」
「使い手が見えないとなると難しい。それに、魔術は管轄外なんだよね。学んではいるけど、解呪とかは出来ないんだ。それよりも、最悪なことに魔法が封じられている。お手上げだ」

 ルーン曰く、レイラ達にかけられていたのは、高度な魔術らしい。魔法を使うことを禁じ、かつ目的地にたどり着けないようにする幻惑系の術。魔法が使えなくなっているのは、ルーンが魔法を使おうとしたところ、発動しないことに気づいたからである。
 さすがに魔法を使わずに行こうとするのは、無理があったので、使おうとしたら発動しなかったようだ。この規模の術は並大抵の魔術師では出来ないと思われる。

「……魔法、使おうとしたんですね」
「真面目にやれってことかね」

 レイラは抜け目ないルーンに思わず呆れてしまった。自分で言っておきながら、平然と使おうとするのだから、どうしようもない。レイラも試しに使おうとしたが、何も発動しなかった。手の打ちようがない状態になってしまったようだ。

「手厳しいですね。それにしても、山道とはいえ人通りが少ないです。少ないというより、いないと言うべきでしょうか」
「それも魔術だと思うよ。あーあ、これなら普通に登山道でもよかったかな。どうやら、相手は無関係の人間を巻きこみたくないみたいだ」

 ルーン曰く、人払いの術もかけられているらしく、辺りには人が全く見受けられなかった。いたとしても、動物の動く音や風の音ばかりである。観光客も多い山なので、人を見かけないということはあり得ない。歩いていれば誰かとすれ違う可能性の方が高いぐらいだ。

「……ヴェーダはどうなのでしょうか」

 ふと、レイラは思い出してヴェーダに問いかけるも、返事はこなかった。どうやら本当に寝ているようだった。レイラは若干ヴェーダに対して、苛立ちを募らせた。

「無駄だよ。彼女は彼女で生粋の魔法使いだろうし、魔術に造詣が深いと思えない。まぁ、苛つく気持ちは分かるから、後で除霊でもするといいよ」
「しませんって。それより、何も出来ないんですか? 魔術だったら通じるとかそういうのは無いんでしょうか?」
「魔術でどうにかなるものでも無さそうだけど……せめて、突破の鍵があればね」
「都合よく鍵があるものですかね……」

 レイラはなんとなくあたりを見回してみると、木の陰に何かを見つけた。そっと近づいてみると、木にもたれかかる様に、少女が座り込んでいた。腰まである淡い桃色をした長い髪は外にはね、ボサボサだった。少女の体には所々生々しい傷がある。

「ルーン! 人がいました! 第一登山者発見です。でも、怪我しています。治さないと」
「さっきまでいなかったのに。使えってことか。あるいは、罠か……」

 ルーンは考え込んでいる様子だった。レイラは回復魔法を使えないので、声をかけることしか出来ない。ルーンにはせめて、怪我だけは治癒して欲しいと思っているが、果たしてどう選択するのだろうか。ルーンが答えを決めるまで、レイラは少女へ声をかけ続けた。

「あの、大丈夫ですか? 聞こえていますか?」
「う、う……」
「よかった。意識はあるんですね。頑張ってください」

 少女は苦しそうに呻いている。怪我の痛みというよりは、悪い夢を見ているような苦しさに見える。原因は不明だが、何かあったのは間違いない。

「その子、だいぶ衰弱してるようだね」

 レイラがおろおろしていると、後ろからルーンの声がした。考えがまとまったのか――そう考える間もなく、レイラはルーンに助けを求めた。

「この子、意識があるのですが、かなり苦しそうで、私にはどうしようも出来なくて……どうにか出来ないでしょうか」
「怪我は治すよ。色々と聞きたいことがあるから」

 どうやら、見捨てることはせず話を聞くようだった。少女には不審な点も多く、放置されてもおかしくは無かったがルーンの「怪我は治す」という言葉を聞いて、レイラは内心ホッとしていた。

「僕が癒せるのは傷だけ。精神的なもので目を覚まさない場合はどうしようもない」
「意識が戻ると良いのですが……」

 ルーンは少女に治癒魔法をかけた。淡い光が傷の上にかぶさっていき、傷が消えていく。治癒魔法は外傷を治す魔法である。心の傷を和らげる魔法は別途あるが、完治させる魔法は今のところ存在しない。魔術なら完璧に治す術があると言われているが、ルーンは使えない。もしも、少女が精神的なダメージで目を覚まさないのであれば、レイラ達はどうすることも出来ないのだった。
 少女が目を覚ますまでの間、レイラ達は周辺を散策していた。とくに変わった様子は見受けられない。それでも、今は敵の術中にいるのだから、不思議な感覚である。魔術と魔法の違いを改めて思い知らされる。

「しかし、彼女は一体何者だろうね」

 ルーンは何気なく呟く。レイラも少女の正体は気になっている。目を覚まさない限り、分からないがやはり気になるところだ。

「遭難したというわけでも無さそうです。どちらかと言えば、何かから逃げてきたように見えませんか?」
「逃げてきたとするなら、術をかけた者とか? それなら、罠の可能性も高くなるけど……治して良かったかなぁ」
「罠だったとしても、傷だらけの子を放置するなんて出来ませんよ!」

 これまで人がいなかったのに、ルーンが同じ場所に戻ってきていると指摘した直後、急に現れたのだ。疑うには十分だった。それでも、レイラは見捨てることなど出来なかった。兄に見捨てられた経験があるからこそ、レイラは放っておけなかった。
 ルーンはレイラの瞳を見ながらため息を吐いた。

「……自分で頼んでおいて言うのもなんだけど、やっぱ姫様の性格って、世界を壊すって感じじゃないよね」

 呆れているというよりも、申し訳なさが見え隠れしているようだった。何か負い目のようなものを感じているのだろうか。

「本当に何言ってるんですか。私はあなたが望むならやりますよ。逆に嫌だったらいつでも止めます。願いを叶えるって約束しましたから」
「うん、そうだね。前に進むしかない」
「途中で投げ出しても私は責めません」
「ヴェーダは怒るかも」
「ヴェーダは私がいなければ生きていけないのでさしたる問題ありません」
「何だか急に頼もしく感じるよ」
「みんな秘密主義なので、私は私に出来ることをやります。そうすれば、きっと私の未来も拓けるだろうから」
 
 利用しているのはお互い様だとレイラは思っている。ルーンの願いを叶えたいのも事実だが、行く先が決まっていないから一緒に行動しているのもまた事実。後悔せず、満足のいく結果が得られるのならそれでいい。たとえ、そこにどんな思惑があろうとも、レイラは自分の信じた道を進むだけだ。

「世界を壊すってのに、未来も何も無いと思うけど」

 皮肉めいた口調でルーンは呟く。ルーンの言う通り、確かに世界を壊すというのに未来のことを考えるなど無意味なのかもしれない。
 しかし、本当に世界はそう簡単に終わってしまうものなのか――レイラは少しだけ疑問に思っていた。

「壊した後に、新しい世界が出来るかもしれません。あー……でもそうなると失敗ってことになってしまうんですかね。難しいです」

 少し驚いたような表情でルーンはレイラをぽかんと見ていたが、しばらくして、ふふっと笑いだした。

「……面白いね。そうなったら、とても愉快だよ」

 ルーンはさっきの自嘲とは違い、普通に笑っているようだった。何が面白かったのかレイラには分からないが、ひとまず笑顔になったので何も言わなかった。

「うっ、うわあああぁぁぁぁッ!」

 レイラとルーンは一瞬だけ、驚いたもののすぐに声にする方へ視線を向けた。どうやら、少女の意識が戻ったようだ。少女は鍵となるのか――レイラは運命の流れがさらに加速していくのを感じるのだった。