「……はぁっ!?」

 目を瞑ったものの、その後レイラは変な時間に目が覚めた。決して、悪夢を見たわけではないが何故か眼が冴えていた。今が何時なのかは分からないが、太陽が昇っていないのを見ると、夜明けまでは長そうだった。中にいるヴェーダは眠ったままである。部屋の中はカンテラの光だけが淡く光っている。

「空腹を感じません。成功したのでしょうか?」

 レイラが起き上がってみると、寝る前にあった飢餓感は消えていた。無意識のうちに魔力を栄養に変えたのか。レイラにはいまいち成功なのか失敗なのか分からなかった。ルーンが起きていれば聞きたいところだった。

「ふぁ……今のままじゃ眠れないし、ちょっと外に出てみようかな。少しくらいなら大丈夫でしょう」

 扉を開いて外に出ると、夜風が吹き抜けていく。暖かいほどではないが、風は気持ちの良い冷たさだった。これなら、風邪をひくことも無さそうだが、それでもレイラは少し心配していた。お節介だと思われても、ルーンの様子が見たかった。

「気にしていないとは言うものの、こっちが気になるんですよ……うーん」
「何してるの?」
「うっ、うわぁああああぁああ!?」

 レイラが思わず声を上げ振り返ると、そこには少しだけ驚いた表情のルーンがいた。声でびっくりさせてしまったのかもしれない。

「びっくりしたぁ。驚かさないでくださいよ」
「いやいや、こっちの方が驚いたよ。こんな時間にどうしたのさ?」
「目が覚めたので外に出てみたのです。ルーンは起きていたんですね」
「僕は見回りしてたんだ。そこに姫様が見えたから。どこへ行っても場所は分かるから、良いんだけどさ。それでも、夜は危ないからね」
「すみません……」
 
 やんわりと勝手な行動をするなと言われているようだった。寝ずに見回りをしているルーンのことを考えると申し訳ない気持ちになった。
 しかし、逆に言えばルーンの近くなら問題ないということだ――と、前向きに切り替えてレイラは草原の上に寝転がった。
 そんなレイラの様子を見て、ルーンはやれやれといった風にため息を吐いた。

「行動は大体予測出来たけど、ここで寝るなんて言わないよね?」
「さすがにしませんよ。少し寝転がるだけです。こんな星空、滅多に見れませんから。ほら、ルーンも一緒に見ましょうよ」
「僕には少し眩しいかな……なんてね」

 レイラの横に座り、ルーンは静かに星空を眺めていた。星の輝きを『少し眩しい』と言ったルーンの横顔は憂いを帯びているように見えた。その表情を見ると、遠慮すべきかと思ってしまう。
 しかし、それではいつまで経っても蚊帳の外のままになる。レイラは何も知らないままでいるのは嫌だった。

「今更なんですけれど、世界の破壊が災厄を流出させることなら、そのまま封印を解くだけで良い気がします。自然の力ってそういうものではないんでしょうか」

 なぜ、わざわざレイラに災厄の力を宿し、世界を破壊させようとするのか。単純にルーン自身の力が足りないと言われたらそれまでなのだが、他にも理由がありそうな気がした。

「……災厄はあくまで自然の力。そのまま封印を解いたら、世界が正常化するだけ。僕は跡形もなく壊したいんだ。それには災厄の力……グラスの力を一気に解放する必要がある。グラスをそこまでため込める人間は限られているから」

 災厄の力は単純に流出した場合、世界に悪影響を与えるわけではなく、世界があるべき姿に戻るだけだとルーンは言う。それを阻止するには、災厄の力を回収し、一気に解き放つしかないようだ。
 ただし、災厄を溜め込めるほどの力がルーンに無いので、レイラに災厄の力を託している状態だ。話を聞いて、レイラはある程度納得したが、それでも一番気になっていたのはそこではなかった。緊張がほぐれたところで、レイラは駄目元で再度尋ねてみた。

「私でないといけない理由は分かりました。それで、あなたは本当に世界を壊したいと願っているんですか。正直、私にはそう見えないんです。何か理由でもあるんですか?」

 ヴェーダからはそれなりに世界への憎しみを感じたが、ルーンからはそこまで感じられなかった。何を考えているのか分からない仮面の下、何を思って世界を壊そうと思ったのだろうか。
 レイラの問いかけに対して、ルーンの返事はひどくあっさりとしたものだった。

「壊したいからさ」
「答えになっていません」
「理由がないと壊してちゃいけない? 正当な理由があれば姫様は納得する?」

 逆に問いかけられ、レイラはしり込みをする。破壊に正当な理由などあるのだろうか。

「…………それは」
「意地の悪いことを言ったね。でも、仕方ないんだ。僕には――何もないから」

『何もない』――夜空を仰ぎながら語るルーンの横顔は、全てを諦めてしまったかのような苦しさがあった。ルーンがどうしたいのか、レイラは知ることが出来ない。何が正しいのかは、分からないが悲し気な表情は見ていたくなかった。

「何もないなんて言わないでください……」

 どう言えば伝わるのだろうか。今、かけるべき言葉は何なのか――絞り出した答えは変わらない。

「私はルーンを信じて付いてきているんです。あなたの願いは叶えてみせます! どんな道になろうとも、あなたを裏切りません。だからこそ、ルーンが抱えているものを知りたいんです」

 自分が安心したいだけ、楽になりたいだけ――そう言われても仕方がない。
 それでも、これから一緒に旅をしていくのに、何も知らないまま暢気に過ごしたくはない。知りたいと思う気持ちは、罪なのだろうか。知らないことの方が罪深いのではないのか。
 あの日、地獄に落とされたときからレイラは考えていた。少しでも分かち合うことが出来れば、変えられたかもしれない。何も知らされないことの寂しさ、苦しさ、辛さは耐えがたいものだった。レイラは少しでも自らの気持ちを伝えたかった。
 結果としてレイラの想いは、ルーンに届くことは無かったようだ。ルーンは俯きながらレイラへ告げた。

「うん……ありがとう。姫様の気持ちは分かった。今は……一人にさせて欲しいな。出来れば、姫様は小屋に戻って欲しい――」

 ルーンの視線はレイラを見ていなかった。これ以上、直視出来ないようで目を逸らしているように思えた。レイラは痛々しいルーンの様子を見て、さすがにこれ以上は何も言えず、ルーンの言うことに従った。

「私は、間違えてしまったんでしょうか……」

 ルーンの去り際に呟いたレイラの言葉は、果たして聞かれていたのだろうか。
 美しかった星空にはいつの間にか、薄い雲がかかっていた。

「……君のせいじゃない。君は、悪くないんだ。全部僕の弱さが悪いんだ――」

 霞んだ視界の奥で孤独な魔法使いは独り、曇った星空を仰ぐ。
 その向こうに何を見たのだろうか――