世界という鳥籠

 魔縁の神殿の外では月が妖しく世界を照らしていた。世界に起きた緩やかな異変を告げているかのようだ。神殿は未だにそびえ立っているものの、役目を果たすことはなくなった。理由は簡単だ。ここに封印されていた災厄の封印が解かれたからである。その証拠に、封じられていたヴィオレットの姫――レイラ・ヴィオレットが地上に現れた。

「ここまでうまくいくとはね。君に頼んでよかったな」
「まぁね~当然じゃない。それにしても、とんでもないことの片棒を担いだ気がするわ」
「今更だろ」

 ルーンはレイラを抱きとめた後、床に寝かせ魔法陣の中心に置いてあった杖を取った。ミリィは興味深そうに杖を見ていた。

「……杖にも災厄の力が入ってるんだよね? どんな感じ?」
「試し打ちはしないよ? したら大変なことになるし」

 災厄の力は杖とレイラに分散されている。杖はレイラが災厄を受け入れなかった場合の保険だった。もっとも、杖に全て収まるほど災厄の力は甘くないのだが、無いよりはマシだ。

「金は貰っているから、深く聞かないでおくわ。今はね」
「好奇心は猫をも殺すらしいけど、君の場合はどうなんだろうね」
「もーそんなこと言われたら、何が何でも知りたくなっちゃうじゃん」
「その結果で死んでも?」
「脅迫してるの?」

 両者とも顔だけは笑っていたが、辺りの空気は冷え切っている。痛いところをついてくることがあるのでルーンは正直に言うと、ミリィが苦手だった。

「あーあ。みんな大変よね。責務に追われちゃってさ。もっと気楽に生きればいいのに。ルーンも姉さまもそうだけど、もうちょっと肩の力抜いたらいいじゃない。やりたいことをやるのが一番に決まってる」
「人それぞれだよ。君が決めることじゃない」

 ミリィには魔術師の姉がいる。ミリィの姉は現在魔術師として働いていた。決して、彼女が望んだことではないことをルーンは知っている。だからこそ、馬鹿には出来なかった。
 髪の毛をくるくると弄りながら、ミリィはルーンの方を舐めるように見つめた。

「だったらさぁ、私のやる事にケチつけるのも美しくないよね。勝手に死ぬとか決められても困るっての!」
「……そう言うだろうと思ったよ。別に止めるつもりはないし、好きにすればいい。僕としては、忠告したという事実さえあればいいんだ。僕のせいで死んだ、って思われても嫌だし」
「そんなこと思わないっての。むしろ、懐広すぎて感謝して欲しいくらい」

 ミリィは青白く光る魔法陣を展開して中心に寄った。移動用の魔法陣である。

「そろそろ帰るわ。たまには、狭い鳥かごの中で足掻いてみなよ。案外、面白くなるかもしれないじゃん」
「そんな命知らずはミリィだけで十分だって」
「かもねぇ!」

 ミリィは愉快そうに笑い、光に包まれて消えていった。一人取り残されたルーンは、足元で目を瞑っているレイラに目線を落とす。レイラが災厄に封印されていたとき、どのような目にあったのか、ルーンはある程度は想像がついていた。

「……僕のことは許さなくてもいい。この世界ではどうにもならないから」

 世界は狂った歯車でひたすら動き続けている。ルーンはその中で、少しの自由も許されていない。ささやかな願いすらも打ち砕かれる。飛び立つための翼は生まれた時から持っていない。
 ミリィはルーンのことを、絶対に主人の言うことを聞くだけの人間だと思っているのだろう。その程度の認識でいるのならいくらでも、あしらえる。
 それでも指摘されるたび、心の奥底で何かが疼くのを感じている。

「どうしようもないな、本当に。僕は……どうしようか」

 諦観を湛えた蒼い瞳は、深い眠りにつく少女を見つめながら、深いため息をつくのだった。