ヴィオレット国の外れにある魔縁の神殿内は人を寄せ付けない。元々、立ち入り禁止になっている場所だが今は人影があった。
「こんな面倒なことをやらされるなんて……聞いてないんだけど、ルーン? あんたの依頼って時点で嫌な予感しかしなかったけどさ」
「それじゃあ何で受けたの」
「一に面白くなりそうだから。二に金をたくさん貰ったから。私はこう見えても義理堅いのよ。それで、あんたは呼びつけておいて何もしないの?」
嫌味たっぷりに銀髪の少女――ミリィ・メルは問いかけた。愚痴を吐きながらも少しずつ作業を進めていく。正直、今回の仕事は不満があった。それでも受けたのは、滅多に接触してこない魔法使いが何をやろうとしていたのか気になったからだ。
しかし、実際会って話を聞いてみると詳細は伏せたまま、これだけやって欲しいといった依頼だった。内容を伏せた依頼はよくあるが、興味をそそられるものでないと受ける気にならない。そもそも、そこまで仲がいいわけでもない、知り合い程度の関係だ。目が眩むほどの大金を積まれなかったら速攻帰っていただろう。そういった経緯からやる気はなくとも、義理は果たそうと、ミリィはひたすら手を動かしていた。
「僕は最後の調整役さ。ぶっちゃけ僕一人で出来るなら、頼んだりしないって。君とはあまり関わりたくないし」
「そうなの。でも、実は私はそうでもないんだな。面倒くさいところ嫌いじゃないよ。あ、面倒な仕事を押し付けてくるところは嫌い」
「あーそう。それは仕方ないね」
神殿内部にはもう一人少年がいる。ルーンと呼ばれている少年は、ミリィを手伝わず、朽ちて倒れた柱の上に座りながら、作業の様子を見守っていた。
ルーンは自身の計画に必要な準備を、魔術に造詣が深い少女に頼っている状況だった。ルーンは魔法使いだが、魔術も少し齧っている。魔術に関する知識や技術は一般的な魔術師レベルだ。
しかし、大がかりな儀式など複雑なものになると、本職の魔術師でないと難しい部分も出てくる。そこでルーンは、知り合いの魔術師であるミリィへ協力を仰いだ。彼女は巷で『星の魔術師』と呼ばれており、その名の通り星の力を使い魔術を行使する。実力は十分にあるが、本人の性格に少々難アリで、扱いづらいというのがルーンの評価である。仕事も興味をそそられないと受けてもらえない。どうしても受けてもらいたい場合は、大金を積むしかない。ミリィの性格をよく表していた。やりたいことしかやりたくないというスタンスを貫いているようだった。
ミリィはというと、軽口をたたきながらも、自立人形と共に魔法陣をせっせと描いていた。
「今更なんだけどさ。一体何するつもりなの? 楽しいことは大歓迎だけど、命だけは惜しいし、ヤバめ案件なら中断して逃げるから。あ、金も返さないわよ」
「別にいいさ。やってくれるだけでもありがたいよ。こんなこと頼めるのは君くらいしかいないから。ちょっと優秀なくらいじゃダメなんだよ」
「……あぁ、友達いないんだっけ。私もそんないないけどさ。つーか、これくらいの術なら私よりもあんたの上司……かよく分からない魔女に頼めばよかったんじゃないの。どうせ魔女の命令でしょ?」
ミリィから投げかけられた言葉にルーンは少しだけ眉をひそめた。
ミリィの言う魔女とは、この世界を裏側から支配しているという存在だ。正体を知るものは少なく、ミリィは姿すら見たことがない。噂話レベルなのだが、ミリィは独自の情報網からいると、確信しルーンを問い詰めた。ルーンはあっさりと存在を認めたが、詳しい情報は教えてもらえなかった。最初に聞いた時は『知らない方が良いこともある』と言っていた。面白いことが好きなミリィだが、越えてはいけないラインはしっかり理解していた。
しかし、その程度のことで引き下がるミリィではない。今でも情報を探ろうとしていた。ルーンはそんなミリィの性質を理解しているので、のらりくらりとかわす。
「勝手に察して動かなくちゃいけないんだよ。臨機応変ってやつ」
そう語るルーンの表情はどこか憂鬱そうだった。今の仕事も必要だから渋々やっているというところか。
「うーわー面倒くさそー……まぁ、あんたが私を頼るなんてよっぽどのことだろうし。しっかし、お姫様も哀れね。極悪非道魔法使いに利用されるなんてさ」
言葉とは裏腹にミリィは意地の悪そうな笑みを浮かべる。ルーンの計画を教えてはもらえなかったが、この神殿で起ころうとしている事象については自らが施している術式で何となく察していた。
「封印を解くんだから、そこまで悪いことじゃないと思うけどね」
「世界的には悪よ。お姫様が封印されているおかげで今、世界は平和なんでしょ?」
ここには十年ほど前、災厄の生贄にされたヴィオレットの姫――レイラ・ヴィオレットが封印されていた。レイラのおかげで今の世界は災害も落ち着いて、平和を享受しているの。その事実を知るものは一部しかいない。ミリィでさえ、ルーン経由で知ったことなのだ。
そして、昔から今に至る現在、神殿はは立ち入り禁止区域に指定されていた。物好きな魔法使いが近づいたりしないように強力な結界が周囲に張られている。それでも、今入ることが出来るのは、ルーンがこの場所の管理者の一人だからだ。
「一国の姫を生贄にして封印だなんて、恐ろしいことするわね。だーれも知らないなんて。闇が深いって言うの? こっわーい」
「秘匿されている方が都合がいいからね。無駄な正義と知識は自分を不幸にするだけだよ」
「それって経験談?」
「さてね。君はそういう経験ないの?」
「私は楽しければそれでオーケー人間だし。細かいことは気にしないの。さてさて、準備は大方整ったわ」
ミリィはぱんぱんと両手で身体の埃を払う。自動人形も役目を終えて、さらさらと消えていった。
「かなーり複雑な術式になったわ。正直、不安定なところもあるけど動作については問題ないと思うわ」
「ありがとう。助かったよ」
「それにしても、あんな術をかけてさぁ。世界でも支配したいわけ?」
彼女が仕掛けた魔術は複数あり、それを一つの術式としてまとめて設置するのが今回の仕事だった。内容は契約魔術に居場所把握、力の制御などその他諸々。とにかく様々な術を仕掛けた。その中でも、メインは契約魔術だろうとミリィは考えていた。ミリィの仕掛けた契約魔術は、ミリィを仲介者として特定のモノ同士関係を繋げるものだ。この魔術の特徴は、上下関係が設定されているところだ。契約の解除は上に来る者と、ミリィにしか出来ない。関係指定がされていることと、その他の魔術の内容からして、恐らくここに封印されているモノを制御したいと思われる。ここに封印されているものは、世界が忌み嫌う災厄だ。
一体ルーンは何をするつもりなのか――ミリィは内心うきうきしていた。
「ははっ。そんな大げさなことはしないって」
ルーンはミリィの期待に沿えないというふうに、やんわりと否定した。
「じゃあ、何するのさ。こんな面白い魔術仕掛けておいてさ、何もしないってことはないでしょーが」
ミリィはルーンの表情をじっくり眺めながら問いかける。その口元は若干緩んでおり、この状況を心から楽しんでいるようだった。
「どうだろうね。それよりも、さっさと仕事を完遂してくれないかな。君の仕事はまだ終わりじゃない」
「ちぇー逃げられた。しゃーない金は貰ってるし……やるか」
ミリィは潮時だと思い、尋問を切り上げた。二人は描かれた魔法陣の近くに寄った。ミリィの描いた魔法陣は淡い光を放ち始め、同時に神殿自体が揺れを起こす。二人は振動に動揺もせず、ひたすら作業を進める。
揺れはまるで世界の胎動のようだった。閉じた世界は緩やかに動き出す――