災厄の魔女ヴェーダ

 声はどこからともなく聞こえてきます。女性の声でした。泣き叫ぶような声とは明らかに違いました。ちゃんとした自我を持っているように思います。でも肝心な姿が見えません。

「どこにいるのですか……?」
「貴方の真上にいるわ。姿が見えないのは消耗しているから。こうやって話しているのもギリギリなのよ。ここにいる亡霊どもと変わらないわね」
「消耗?」
「ここにいると嫌でもそうなるのよ。ぜーんぶ災厄への生贄だから」
「災厄? イケニエって?」
「……何も知らないまま堕とされたのね。ここにいる連中もそうだけれど、お気の毒ね」

 私が問いかけると、恐らく姿が見えていたら、可哀想なものを見る目をしていたことでしょう。声の主は同情しているようでした。
 そういえば『災厄』という言葉を聞いて思い出しました。私が気を失った魔縁の神殿は『災厄の魔女』を封印している場所だと伝えられています。
 何か関係があるのでしょうか。

「あなたは一体……?」
「私はヴェーダ。貴方たちの世界では『災厄の魔女』と呼ばれているわ。不本意だけれど」
「うそ……まさか……そんなことって」

 魔法の歴史を学べば絶対に避けては通れない存在、それが魔女ヴェーダ――通称『災厄の魔女』と呼ばれる存在。
 その昔、世界を混沌に陥れ、厄災に飲み込もうとした存在。大勢の魔術師や魔法使いによって魔縁の神殿に封印されたとされている魔女です。過去の話だと思っていましたが、まさかその魔女に会ってしまう(正確には声のみ)とは。
 しかし本物なのかは定かではありません。正直、真偽を考えても意味が無さそうです。

「貴方が信じようが、信じまいがどうでもいいわ。そんなことより、貴方は何者?」
「申し遅れました。私はレイラといいます。えっと……ヴェーダ、さん。ここは一体何なんでしょうか」
「ヴェーダでいいわ。ここが何かって言われたら難しいわね。説明が長くなるわ」

 本当に長くなりそうな声のトーンです。時間なら有り余っていますし、問題はありません。

「それにしても自我を保ったままここに来るとは、なかなかやるじゃない。そもそも完全に死んでいないようだし」
「ええ? やはりそうなのですか……って、私死んでないのですか?」

 普通に喋れる時点で死んでないとは思っていましたが、もしかするともう現実では死んだことになっているのではないか、と心配していました。『完全に』という部分が引っかかりますが、少しだけ光が見えた気がしました。

「あーそっか。何も知らないんだっけ。さっきも言ったけれど説明長くなる。正直、貴方のことは見捨てても良かったのだけれど、面白そうだからサービスしてあげる」
「……あ、ありがとうございます」

 災厄の魔女というより、おしゃべり好きなお姉さんって感じですね。お姉さんと呼ぶ年齢なのかは分かりませんが。

「説明する前に、こっちから質問させてもらうけれど、貴方はこの場所のことをどれくらい知っている? あぁ、場所というのは貴方がここへ来る前にいた地点のことでいいわ」

 それだと魔縁の神殿ということになりますね。やはり、伝説の通り曰く付きの場所なのですね。

「災厄の魔女を封印した場所……くらいの認識です。詳しいことは分かりません」
「なるほど。単身でこんなところに放り込んだのだから、凄腕の魔法使いかと思ったけれど、桁外れの魔力を持った人間を生贄にした……といったところか。そんな人間が現れるとは……分かっていたのか」
 
 ヴェーダの言葉に引っかかりを覚えました。
 魔法については先程も回想した通り、習おうとしたけれど城にいた魔法使いの人に断られました。魔法使いは私に『君には才能がないから諦めたほうがいい』と言っていました。魔法における、才能が無いというのは、魔力が無いということを指します。
 そのことをヴェーダに伝えると、うーんと唸りました。

「何というかねぇ。事実から言えば、ここは魔力を集める場所。効率よく集めるため程よい魔力を持った人間が集団で放り込まれる。でも、今回放り込まれたのは貴方だけ……考えられるのは、貴方が特殊な存在である可能性。例えば、魔力が桁外れだとか――ね」
「えぇ!?」

 目から鱗です。てっきり魔力が無いと思っていたのですから。同時にどうして――という疑問も残ります。あの魔法使いはどうしてそのような嘘をついたのでしょうか。

「何かしらの理由はあるでしょうね。魔法には物事への興味を失わせる精神魔法もあるから、それもかけられていたかもしれないわね」
「うそ……」
「ちなみに魔力は使わなければ、その分純度が高まる。狙っていたのか……真実は魔法使いにしか分からないね。少なくとも、ここへ落とす格好の餌であることは確かよ」

 私はどれだけ裏切られているのでしょうか。人間不信になりそうです。落ち込んでる私の雰囲気を感じ取ったのかヴェーダはフォローを入れてきました。

「……あまり真に受けないでよ。私は貴方の話を聞いて推測しただけだから」
「いえ、気にしないでください」
「まぁ、貴方のことはどうでもいいけれど。それよりも、もうすぐ消えてしまうかもしれないから、さっさと話を進めましょう」
「って、どういうことですか!?」

 何やら不穏な言葉が出てきました。冷や汗が滲んできます。

「説明するから、慌てない慌てない」
「慌てないって言われても……そういえば、話が逸れましたが結局ここはどういった場所なのですか? 災厄の魔女の封印以外に何かあるのですか?」

 歴史の教科書において、神殿は世界を混沌に陥れた災厄の魔女が封印された場所で、後世にまで語り継がれています。余談ですが、世界はそれから天変地異に襲われることなく平穏を保ち続けている――と続きます。それでもたまに災害は起こっていますが、誤差の範囲なのでしょう。
 しかし、ヴェーダによるとそれは表向きの歴史だそうです。私が首をかしげると、ヴェーダは低めの声で語り始めました。

「ここは『私』と『災厄』を封印している場所なのよ。そもそも、災厄と言っていいものではないのだけれど……」
「『私』と『災厄』……?」

 文字通りの意味で受け取ればいいのでしょうか。含みのあるような言い方です。

「要は『魔女ヴェーダ』と『災厄』はそれぞれ別々。私が災厄を起こしたように言われているけれど、全くの無実よ。というか、そんなこと出来るわけない。それどころか、私も災厄を封印するための生贄に過ぎないわ」

 ヴェーダはどこか忌々しそうに語ります。どうやら、災厄の魔女というのはヴェーダにとって不本意な話のようです。私の中で、常識が崩れていくような音が聞こえてきます。これまでの常識が覆され、私は思わず固まってしまいました。

「えーとつまり? ここは『災厄の魔女』を封印しているのではなく『災厄』を封印している場所ということでしょうか」
「そういうこと。災厄はあり得ないけれど、魔女は悪くない。むしろいい響きだわ」
「そっちは気に入っているのですね……」

 ヴェーダの感性は私には理解出来ませんが、嬉しいのならいいのでしょう。あまり気にしないことにします。
 それよりも、どうしてヴェーダが災厄を起こしたように語り継がれているのでしょうか。彼女が普通の人間なら、かなり悪意のある伝わり方だと思います。意図的に書かれたとしか思えません。

「ヴェーダは一体何をしたのですか? 話を聞く限り、あなたは災厄を引き起こしたというわけではなさそうですが」
「……私が人間にとっての災厄であることに、違いなかったのでしょうね」

 憂うようにヴェーダは呟きます。人間にとっての厄災――どのような意味が込められているのかは私には分かりませんが、後悔しているようにも聞こえます。

「詳しい話は割愛させてもらうわ。どうせ、もう全て終わってしまうのだから」

 ヴェーダは最後まで理由を語りませんでした。その声はどこか憎しみや虚無感に苛まれているようでした。彼女に表情があったら今頃どんな表情をしているのでしょう。

「とりあえず、話を進めるわよ。さて、レイラ。貴方はこの場所に封印されている災厄を、どういうものだと認識しているのかしら?」

 話題は災厄そのものについてになりました。ヴェーダが呟いた「もうすぐ消えてしまうと」というのは、どういうことなのか気になりますが、少しでも情報が欲しかったのでここはヴェーダのペースに乗っておくことにしました。

「どういうものって……」

 ここに封印されている災厄とは何か――私的な意見ですと、大雑把ですが人間にとってよくないこと。私が想像する『災厄』とは人間を害するもの全般です。天変地異などの、人にはどうしようも出来ない絶対的な力。絶望。上げたらきりがありません。

「その認識は間違ってはいない。そしてそんな恐ろしいもの封印出来たら、さぞかし住みやすい世界になるでしょうね。そうやって災厄は封印された」

 ヴェーダの言う通り、不幸の元になる元凶を封印出来たら、人々は幸せに暮らせる――のでしょうか。私はどこか引っかかりを覚えました。ヴェーダの言葉は続きます。

「でも、私は反対した。災厄の封印なんて出来るわけがない」
「出来ていますよ? 歴史ではそう言われています」
「……本当に?」

 災厄は完全に封印されたと言われています。
 しかし災厄を封印しているという割には、各地で水害や地割れなどか確認されていました。ずっと起きているわけではなく、何らかの周期があると言われています。死人が出るほどではありませんでしたが、それでも怪我をした人などがいるので救援要請が出たりしました。正直、完全な平穏からは程遠いように思われます。

「災厄を完全に封印したのなら、災害など悲劇が起こるはずがないでしょう」

 完全に封印したというのなら、災害が起こることはない――ヴェーダの言う通り、世界は永久に自然に脅かされることもなく、平穏を保つことが出来たはずです。悲しみの生まれない世界というものが実現していたかもしれません。
 ヴェーダはさらに続けます。

「答えは簡単。災厄は封印出来ていないということ。どうやっても漏れていくのよ。蓋が完全じゃなければ、どんなものも零れてしまうでしょう?」
「漏れるって……待ってください。それでは、災厄は完全に封印されているわけではないのですか?」
「そうよ。ここに施されている封印は完全ではない」

 ヴェーダの言葉に思わず言葉を失います。歴史にて、災厄は完全に封印されたと言われています。
 けれども実際には完全ではなく、世界に漂っている。どれほどの人間がこの事実を知っているのでしょうか。

「ここに施された術は永久未完。災害などの不幸な事故が起こるのは、ここに施されている術の燃料切れが迫っているときね」
「未完? 燃料? もうさっぱりですよ!」
「ここは膨大な術式を実行している最中なの。内容は人の魔力を吸い続けるというもの。災厄を封じ込めるための箱庭にして、最悪の檻。ここに放り込まれたら最後――二度と日の目を見ることは叶わない。魔力を少しずつ吸われ息絶えるのを待つのみ。魔力や強い意思があれば生存率は高まるけれど、いいことなんてないわ」
「…………」

 災厄の封印が完全ではないという情報に加え、「二度と出てこられない」というヴェーダの言葉に絶望を感じられずにはいられません。頭の中がこんがらがっていきます。何も考えたくないという気持ちが強くなっていました。
 それでも、きっと聞かなくてはいけないのでしょう。この先、私がどうなるのか――

「あの、ここに放り込まれた私は一体どうなりますか」
「そのうち消えてなくなるんじゃない? どんなに魔力を持っていようが、ここに放り込まれた人間の末路は変わらないわ。そもそもねぇ、災厄の封印なんて土台無理な話なのよ。止まっても一時凌ぎにしかならない。未完成なのは災厄と術の性質上、永続的に燃料を必要とするから。魔術が魔力は作るわけではないからね」

 ヴェーダ曰く、ここは巨大な術の中で、常に魔術が発動している状態らしいです。そして、この魔術を持続させるには膨大な燃料が必要になるとのこと。その燃料というのは人間の持つ魔力なのです。それにこの魔法は永遠に完成しないようで、ずっと燃料を欲しているようです。災厄を封印し続けるのなら当たり前なのかもしれません。封印出来ないモノを封印しようとすれば、終わらないループになるだけでしょう。

「人間は軽率に災厄って言うけれど、ここに封印されているのは運命とか自然その他、神に等しい力も秘めているのよ」
「……? どういうことですか」

 規模が大きくて、いまいちしっくりきません。その上、そのような事実を聞いたこともありません。災厄は歴史では悪しきものとして封印されていたのです。災厄が神の力などそんなことは一切書かれていませんでした。

「そのままの意味よ。ここには神の力が封印されているようなもの。災厄とは本来あるべき自然現象、世界の魔法の源……魔力そのもの。それを私と一緒に強引に封印したのよ。何百年経っても未だに信じられないわ」

 災厄=神=自然現象。なるほど、確かに聞くだけでも卒倒しそうなものを封印していますね。スケールが大きすぎます。
 しかし彼女の話はどこまで信頼していいものやら。彼女のすべてが嘘だとは思えませんが。

「要は本来、封じてはいけないものが封印されているということでしょうか? そして私たちはそれを封印するための燃料……生贄」
「大雑把だけれどそんな感じね」

 この場所には神の力が封印されている――聞いたこともありませんでした。
 私が聞かされていたのはあくまで世界を混沌に陥れた『災厄の魔女』が封印されている伝説です。彼女が消え世界は平和になった。昔の人間は偉大ですごい技術を持っていたと語り継がれていました。それは教科書にも載っていたし、世界の真実だったのです。兄様はこのことを知っていたのでしょうか。知ったうえで私をこんな場所に堕としたのでしょうか。ますます疑念が深まります。

「レイラをここに堕とした張本人なのでしょう? この場所の真実を知っていたと考える方が自然ね」

 そう言われると、ますます逃げ場がなくなります。兄様は本当に私を陥れたのでしょうか。それでも、最後に聞いた声が忘れられません。未だに私の心は揺れ動いていました。

「そもそも、私一人が生贄にされたのでしょう? 魔力が強い方なら世界中にたくさんいるはずです。そういった人を集めたほうが効率いいのでは?」
「現代の倫理観がどうなっているのか知らないけれど、そんなことやったら間違いなく噂どころか事件でしょう」
「あ……そうですね。でも、情報統制とか出来たりしませんかね」
「一人で万人の力があるのなら、その方が手っ取り早いでしょう」
「そう言われたら、私は結局なるべくしてなったということですか……」

 ここまで来ると、呆然とするしかありません。僅かな信頼も粉々に砕けていきます。どんな理由であれ、私は生贄にされたのですから。ヴェーダの持つ情報は有難いものですが、同時に私の心を深く抉っていきました。

「魔力、魔力すごい……魔力って何なんでしょう」
「ちょっとしっかりしなさいよ。魔力は魔法や魔術を行使するための力。厳密には許容量、と言うべきもので――」

 ヴェーダは懇切丁寧に説明してくれましたが、長くなるので頑張って要点だけまとめてみます。
 基本的に魔法や魔術は魔力を消費して使います。魔力の源は、人間の中や世界に溢れている目に見えないエネルギーで、魔力の根源は『グラス』といい、グラスの許容量を『魔力』といいます。人は魔力を蓄えることが出来るみたいで、普通に生きていれば枯渇することはないのです。
 と、自分でまとめておいて気になった点があります。

「はい! グラスという言葉、初めて聞きました。魔法の知識は一応学んでいるはずなので、常識であれば覚えているはずなのですが……」
「なるほど。かなり歴史が歪められているわね。いえ、教育の敗北というのかしら」

 ヴェーダ曰く昔は『グラス』の許容量を指して『魔力』と呼んでいたそうです。普通に『グラス』と表現すればいいのではないかと思いましたが、曲がりなりにも神に等しい力なので、その名を使うのも烏滸がましいという理由で魔力と呼ぶようになったらしいです。
 そして時が流れいつしか『グラス』という名前は忘れ去られ、力そのものを『魔力』と指すようになったのではと語っていました。

「歴史って結構変わっているのですねー」

 これまでの知識をまとめると、魔力が強ければ強い程、強力な魔法が使えます。それはグラスの許容量が多いからに他なりません。
 しかし、この魔力というものはは生まれ持った才能なので、努力でどうにか出来るものではありません。無ければないまま、上限まで高めればそれまで、ある意味残酷な力とも言えます。

「現代だと魔力とグラスを同じ扱いにしているのね。敬意が足りないわね」

 ぶっちゃけ、私としてはどっちでもいいと思います。言葉にこだわるのも悪くは無いですが、少し古臭く見えてしまうので。

「ヴェーダの話からすると、やはり私が生贄にされたのは、吸い取れる魔力が多いからと、考えるべきなのでしょうね。そういえば結局ここにきて聞こえている声って……」
「生贄にされた魂の残滓ね。数十万単位で放り込んでいた時期もあるから。どれもいずれ消えてしまうと思うと、寂しいわね」
「っ……うぇ」

 吐くものは無いけれど思わず吐き気が込み上げてきました。同時に寒気で体が震えました。死なないから大丈夫だという安心感も一気に崩壊していきます。知らなければよかったのかもしれません。
 ヴェーダ曰く魔力が強く、強い意思があれば吸い上げられる速度をかなり緩めることが出来るようです。私もその一人のようで、大抵の人はここに来ると自我を失い、あっという間に消えてしまうらしいです。かろうじて声をあげられる人はかなり強い意思や、魔力を持っているようです。恐ろしいです。ここに残り続けるのも正直嫌ですが。ということは、ぎりぎり死んでないってこと……? そして、この叫びにもならない声は今も帰る場所を求め続けているのでしょうか。

「そんな残酷なこと、同じ人間がやったというのですか」
「……私だってこんな悪趣味な術だと思うわよ。ドン引きよ」
「災厄の魔女でもそんなこと言うのですね……あ、普通の魔女ヴェーダでしたっけ」
「まぁ、そうね。って“普通の”は余計! 魔女ヴェーダよ」

 ヴェーダはやはり『災厄の魔女』という称号を良く思っていないようです。ヴェーダも元はといえば、災厄を封印するための生贄にされたようですから、何か思うところがあるのでしょう。

「魔女ヴェーダが封印されてから私の世界では恐らく、五百年近く経っています。それでも未だに話すことが出来るのですね」
「私も昔は優れた魔法使いだったから。いや、今も優れているけれどね。割と頑張って生きていたのよ。それなのに、ああもう思い出しただけで腹が立つ!!」
「誰だっていきなり生贄にされたら怒りますよ。怒りだけで済むのかは分かりませんが……」
「……まぁ、ここにいるのは大抵知らずに死んでいくから。その点、貴方はまだ恵まれている方よ」

 ヴェーダに言われた通りなのですが、何だか微妙な気持ちです。それにしても、ヴェーダはかなり詳しいです。彼女はどこまで知っているのでしょうか。

「あなたは最初に封印されたから色々知っているのでしょうけれど、この術を施した人間のことは知っているのでしょうか?」
「……さぁね。知っていたとしても、話せることはない」

 急に弱々しくなる声に、私は何とも言えない気持ちになりました。誰だって話したくないことの一つや二つはあります。仮にヴェーダが全てを知っていたとしても、彼女が話す義務は全くありません。それに、消えてしまうから聞いても無駄という気持ちも半分あったので、それ以上追及はしませんでした。何も知らずに消えていった人達のことを考えていると、ヴェーダの言う通り私は恵まれているのかもしれません。

「なんにせよ、ここから出たいなんて思っても無駄よ。こちら側からはどうにも出来ない」
「こちら側って、もしかして外側からならどうにか出来るのですか!?」
「封印を解く者がいればあり得るでしょうけれど、期待しない方が良いわ。封印を正確に把握している者でないと術は解けないもの」

 一瞬だけ湧き出た希望は一気に収束していきました。それからお互いに黙り込んでしまい、真っ黒な空間の中はおびただしい呻き声だけが響いています。だんだんと深い眠りへ導く子守歌のように聞こえてきます。

「すごく眠い……」

 疲労が溜まってきたのでしょうか。ヴェーダと最初に話した時からだいぶ時間が経ったように感じます。ヴェーダは黙り込んでしまってから、何をしているのか分からないし、話しかけても出てきません。彼女もそろそろ消えてしまうのでしょうか。誰もいないし、気味が悪いし、寂しい。悲しい。息苦しい。

「誰でも何でもいいから、助けてよ……」

 掠れた声は虚しく闇の中へ消え、人だったモノの残り香と共に怨嗟の声が響くだけでした。