アヤメは元の姿というか、すっかり人間の形に戻りごろんと寝転がっていた。原形があのデカさだから、未だに実感が湧かない。身体は砂のように溶けだしていた。まるで壊れた人形のようだった。
「全く、致命傷だわ。本当にミュオのことが嫌いなのね。笑えてくるわ」
「あんなのを好きになるのがいるかな。まぁ、いたからこうなってんだけどさ」
竜胆は心底迷惑そうに呟く。一番の被害者だろうし、当たり前か。アヤメは悔しそうな表情も見せず笑っていた。まるで、この時を待っていたかのようにも見える。茉莉花はその様子を少し不気味に思いつつも、どうしてこうなったのか気になっていた。
「あれって、核を破壊してたの?」
「俺も詳しくは分からないが、アヤメの正体を暴いたっていうのが近いだろうな。正体がこいつにとって大事なモノってことだ」
「概ね、葵の言う通りさ。現実逃避するミュオソティスが一番、触れらたくない部分だからね」
アヤメの核――正体は、ミュオソティスが抱いた期待の感情だった。現実逃避を選んだミュオソティスが、今でも抱き続けている感情だと言う。竜胆によれば、アヤメの成り立ちは普通の空魔だが、ミュオとソティスから生まれた感情から生まれた空魔ということもあって、どちらかというと人型空魔に近いらしい。だからこそ、ミュオソティスの大事な部分が核になっていると睨んだとか。
「希望を砕かれた、ミュオソティスはどうなるんだろうね」
「あくまで分離しただけだから、どうってことはないわよ。所詮感情から生まれた、駒、だもの」
アヤメはミュオソティスの感情から出来た空魔だが、その身が消えてもミュオソティスには然したる影響は無いという。
「あはは、心はねぇ、消えないのよ。どうやっても、消せないの。分かっている、のよ。あの子も……」
悲しそうにアヤメは呟く。ミュオソティスを側でずっと見てきた彼女だからこそ、思うところがあるのだろう。ここで、主を残してしまうことを悔やんでいるように見えた。
消えそうなアヤメに対して、葵は問いかける。
「お前に聞きたいことがあった。お前に会ったのは、研究所前で紫苑が話していたのを見たときと、あの勿忘草の花畑か」
「やっぱり、見えていたのね……何も見ていない振りをしたのね。貴方も」
「それよりも、あの花畑だ。アレは何なんだ」
「あの場所は、始まりの場所。いろんな景色を見せるのは人間の心とミュオの力……だけどあの時、貴方が見た私は本物。貴方だけは現実を見ていた。貴方は希望も、期待も何も無いのね」
「そんなことはどうでもいい。何であの時俺の目の前に……」
アヤメはすっ、と腕を天へ伸ばした。それは道を指し示しているようにも見えた。
「動かして欲しかったの。時間を……」
止まったままの秒針が動き出すことを願うように。
「紫苑さんと出会ったのも、きっと。偶然じゃないのか、も」
「え……ちょっと、それって」
思わぬ名前を聞いて、茉莉花は驚きを隠せない。
「夢の終わりは、もうすぐ……ははっ」
茉莉花が問いかける前に、アヤメは笑いながら光の中へ消えていった。アヤメが消えてもなお、夜が明けることは無かった。