竜胆は榠樝を追いかけていったが、すぐに戻ってきた。
「……榠樝さん、放っておいて大丈夫なんですか? 出ていく直前、少し様子がおかしかった気がしたんですけど」
「彼女なりに思うところがあるのさ。そっとしとくのが一番だ」
茉莉花は心配そうに扉を見つめていた。あの時の榠樝の様子はただならぬものだった。過去、榠樝と竜胆の間に何かがあったのは明白だった。そっとしておくのが一番だと竜胆が言っているのなら、茉莉花はそれに従うしかなかった。榠樝のことは何も知らないし、何も言えない。
柊はどうせ竜胆が何かしたのだろうと思っていた。二人の間に何があったのかは知らないが、榠樝が竜胆のことを快く思っていない節があることを知っていた。柊は別に知りたいと思わなかったので、深くは聞かなかった。
それよりも、気になるのは空魔についてだった。根絶させるというものの、具体的にどうするか。空魔の主という存在も含めて、その辺りがどうなっているのか柊はさっぱりだった。
「空魔を根絶させるために、空魔の主を倒すと言っていたが、空魔の主ってそもそも何なんだ」
「それは追々説明するとして、今現在やらなければいけないことを言うよ」
竜胆が端末を操作すると、モニターには空魔の情報が表示された。それは、蘇芳が手に入れた情報を拡大したものだった。竜胆はモニターに視線を向けながら説明する。
「主を殺す前に、ここに表示されている人型空魔は全て消した方がいい。こいつらは主とかなり密接な関係にあってね。力の源になっているのさ。だけどね……」
大ボスを倒す前に中ボスを倒しておいた方が効率良くなると竜胆は言っていた。残しておけば、絶対に厄介になる。
しかし、竜胆の発言には続きがあった。
「蘇芳曰く、最終的には死ぬように言われているらしいのさ」
「何それ……あり得ないし」
蘇芳は、人型空魔は最終的に主から消える――死ぬように言われていたというのだ。茉莉花は仲間を切り捨てるような行為に空魔といえど、複雑な思いを抱いた。
「ボスにとっては駒程度に過ぎないのさ。いずれ死ねと言われてるにせよ、倒すことに越したことは無い」
死ぬと言っても、いつ死ぬのかは分からない。長いスパンになるかもしれない。だったら、早めに摘みとる方が良い。竜胆としては、確実に状況が動いていると思っているが、その理由が分からないでいた。空魔側の心境の変化としか言いようがない、拮抗状態の崩壊。これまで散々手を出してこなかったのに、急に動かしてきたのだ。
「それにしても、人型の空魔はワケが分からんな。蘇芳みたいに普通に見えるし。若干、おかしいところもあったけど、そんな変わらねぇし」
柊は次から次へと入ってくる情報を整理していた。幸いまだ、パンクするほどではないものの、頭が少し痛くなってくる。
そんな柊へ追い打ちをかけるように竜胆は問いかけた。
「柊、人型空魔ってどうやったらなれるか分かるかい?」
いきなりの質問に柊は黙ってしまう。人型空魔にそこまで詳しくない。蘇芳が空魔だと気づいたのは途中からなので、さっぱりだった。そんな柊の代わりに茉莉花が質問に答えた。
「柘榴――空魔に助けられた時に聞いたけど、作れるのは一人しかいないって言ってた。空魔のボス的なのが作ってるんじゃないの」
「正解さ」
柘榴のことを隠しても、モニターに表示されおり、どうせ竜胆のことだから把握しているだろうと思い、茉莉花は開き直った。
「人間をそのまま空魔にする芸当は空魔の主にしか出来ないのさ。傍から見ればお人形遊びみたいなものだね。必要な時に使って、要らなくなったら捨てるだけ」
人型の空魔は空魔のボスによって作られる。ボス以外に人型の空魔を作れるものはいない。人型空魔は人の形をしたものは作れる者もいるが、あくまで作れるのは言葉も喋らない知性を持たない空魔だ。そのまま人間性をシフトさせ、空魔に出来るのは空魔のボスしかいないと、竜胆は言った。
「それにしても……あの空魔が教えてくれたんだ。情報によれば、超気まぐれって書いてあるけど」
「所長より話が通じますし、人が出来ていましたよ。それはもう」
「……耳が痛いねぇ」
そうは言いつつも、反省しているようには見えない竜胆。あまり会う機会は無かったが、短時間でどういう人間か大体把握出来た茉莉花は、もう何も言わなかった。突っ込んだら負けとさえ思うようになっていた。
竜胆はというと、まだまだ説明することがあるようで話を続ける。
「ちなみに空魔のボスが人間を空魔にする条件は知ってるかい?」
「聞いてないですね。何かあるんですか」
「死んでいることさ」
竜胆はどこまでも軽い口調で告げる。空魔に課された最大の罰を――
「なっ……」
茉莉花は絶句し、柊は消える直前に蘇芳が「空魔になった時点で、すでに死んだようなもの」と言っていたことを思い出していた。最初に聞いた時は比喩だと思っていたが、まさか本当に死んでいたなど、誰が思うだろうか。
「蘇芳は銃で自殺したみたいだよ。本人曰く、『眠りから覚めた感じ』だってさ」
「真実を知るためだけに、死んで、空魔になったって言うの!?」
茉莉花は驚きを隠せなかった。明らかに狂っているとしか言いようがない。真実を知るためだけに命を投げ出すなど、常軌を逸している。茉莉花自身もなりふり構わず真実を求めていたが、さすがに自殺してまで知る気は起きない。正直に言えば、その行動力をもっと別の方に使えなかったのか、と茉莉花は思ってしまう。
「肝心なところは伝えない辺り、あいつらしいな。聞かれなかったからとか……言いそうだが」
「二度も死ぬとか、そんなのって」
「人間誰しも終わりは必ず訪れるし、空魔も例外ではないと考えると妥当かもしれないけどね。それに、空魔になったら色んなことが出来るし」
人間としての終わりと、空魔としての終わり。それぞれ違う種族であるのなら、けじめみたいなものだと竜胆は考えていた。人であることを捨てる代わりに、空魔となって真実を得る。本来知ることの出来なかったことが分かるのなら、むしろ破格の条件にさえ思える。空魔になれば期限付きとはいえ、第二の人生を謳歌出来るのだ。それも人間のときよりも、自由度が高い。
「それでも、空魔になるのはやっぱ無いわよ。色々言われたけど、私は私だもの。心無い化物になりたくないし」
「ならなくていいなら、ならない方がいいに決まってるさ」
断言するような口調に柊は引っかかりを覚えた。この言い方からすると、望んで半分空魔になったわけではないように聞こえる。
「……そういえば、あんたは半分空魔と言っていたが、人型空魔と空魔の主とは何の関係も無いのか」
「大有りだよ。ただ、かなり面倒な関係なのさ。切っても切れないというか」
「でも、所長は……空魔の主を倒したがってるのよね。あぁ、もうワケ分かんない。所長の目的って何なの?」
竜胆は空魔を滅ぼしたがっている。普通の人型空魔とは違うのは分かるが、どうしてそういったことになっているのか。もしかすると、かつては仲間だったりするのか。様々な考えが交錯するが一刀両断するように竜胆は語る。
「僕の目的はただ一つ。閉じた世界から脱却さ」