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 あれからどうなったのかと言えば、特に何も起こってない。幻も不快な夢も見ない。茉莉花の様子もいつも通りだった。先走ってないようで安心した。不確定な情報が多いし、動きようがないか。これ以上、僕が首を突っ込むことではないけど、少し気になって僕なりに考えていた。気になることがあったのだ。けど、確証はないので茉莉花には言わないでいた。あまり接触はしたくないが、本人に聞くのが手っ取り早い。どこかで会えればいいか程度の気持ちだった。五月七日さんの警告もあるし――と思っていた矢先。

「やぁ、久しぶりだね」
「……どうも。どうしたんですか?」

 学校の帰り道、振り向くと菜花さんが暢気にと手を振っていた。珍しい人に声をかけられたと前なら思っていだだろう。とはいえ、この間の流れを考えれば、いつかアクションがあると予想していた。五月七日さん経由でバラされる可能性もあったわけだし。

「話があるんだけどいいかな。時間は取らせないからさ」
「はい」

 僕は素直に頷いて、菜花さんの後についていった。周りは家の壁に囲まれている。見事に人気の少ない場所まで来たものだ。さすがに嫌な予感しかしないね。こりゃ嵌められたか。ならば突き進むまでだ。

「このまま話を続けさせてもらうけど。人の過去を掘り返すのってよくないと思うんだよね」
「僕じゃなくて茉莉花に言ったらどうですか。僕はただ頼まれただけですし」
「君には回りくどく言っても意味がないか。単純に君の方が真相に近づきそうだから話しかけたんだ。後は茉莉花に振り回された後の労い的な? これでも君のことは評価してるんだよ。あっはっは」

 意図が全然読めない。この人はこの人で、茉莉花のことを心配しているという可能性も無くはないのか。いや、そうすると何もかも分からなくなってくる。とにかく、今は冷静を装うのに全力を注ぐしかない。

「懇切丁寧にありがとうございます。でも、別に僕は茉莉花に言うつもりはありませんよ。彼女は一人で解決したがっていますし」
「まぁ遅かれ早かれ、たどり着く結果だとは思うけどさ。それでも、用心するに越したことは無いだろ」

 よほど、知られたくないのか。祀莉さんの真実。あれから、自分でも考えてみた。空魔の生態について、人間が空魔に襲われた場合について。僕は一つの結論にたどり着いていた。菜花さんが隠したがる理由まではさすがに分からないけど、当てはめてみれば不自然ではない回答。ただピースが足りない。恐らく、五月七日さんも僕と同じ答えに辿り着いているはずだ。それでも狙われないのは立場的な問題だろうな。一人外れくじを引いた気分だ。
 そう思った時だった――

「心って面倒だよね。他人どころか、自分の心さえ分からないことだってある」

 そう言って、操作していたスマホをしまうと、今度は帽子のつばを顔の前まで下げた。

「君は真実から、目を背けてきた。自分の中にあるものを人に知られたくない。そういうの、一つや二つはあるよね、人間だし。分かるよ」

 僕は質問するのも忘れて、固まってしまった。五月七日さんの言葉とは違い、まとわりつくように抉ってくる言い方。違いは無いのに、寒気がする。あぁ、これ、この感覚――は。空っぽの化物が僕の心の隙間に入り込んでくるような。

「……何が言いたいんですか」
「気持ちは分からなくもないよ。誰だって自分の嫌な部分を見るのは嫌だろうし。俺も嫌だね」

 菜花さんは自嘲気味に笑う。その笑みが、あまりにも不気味だった。後ろに下がろうとも、袋小路。少し甘く見過ぎていた。死にはしないだろうと高を括っていた。死ぬのは構わないけど、今この状況で僕がいなくなったら――茉莉花が。

「そんな君に良い報せがあるんだけど、聞きたいかな?」

 菜花さんはそう言って、張り付いた笑みを浮かべ銃口を向けた。選択肢が一つしかないのにわざわざ聞くとは。避けようと思ったのに体が動かない。何かに縛られているようだった。容赦なく引き金は引かれ、銃弾がこちらをめがけて飛んできた。逃れられない運命のように、銃弾は僕に向かってくる。その瞬間、僕は間違いなく死を覚悟した。

「空魔は決して悪い存在じゃない。君にとっても、救いになるはずだ。そうだろう?」

 脳天に直撃したかと思われた――しかし不思議と痛みはなく意識だけが飛んでいく。これは菜花さんのハーツの力なのだろうか。色々と事が起こりすぎて、頭が回らない。思考がぐちゃぐちゃになる。倒れる間際に影が二つになった気がした。

「用は済んだから好きにするといーよ。後は勝手に楽しんでくれ」
「アハハハハ!! 言われなくてもそのつもりよ。終わりまで楽しみましょうねぇ?」

 下品な笑い声が聞こえてくる。
 それは、僕がよく知った少女の声だ。僕が僕でいられるための道具で――違う。そうじゃなくて……僕は――
 
 伸ばした手は、虚しく空を掴んでいた。