「今日はまた一段とキツかったね。僕があそこまで言ったのは初めてかも」
「お前そんなので、よくやってたな……」
「葵もどうなのさ。これでも心配してるんだよ」
「問題ない……と言いたいところだが。あいつは無茶しすぎなんだよ。傷ついても、痛くないからとか……そういう問題じゃねーよ! って何回思ったことか」
「……大変そーだねー」
「色々あったのに、全然気にしてなさそうだからな」
茉莉花と言い争った日の夜――葵は盛大にため息をついていた。僕の話を聞いてもらおうと思ったけど、葵も悩んでいるようだった。前にも同じようなことを言っていた、というか大体似たような愚痴しか言っていない。葵のパートナーである紫苑はなんと怪我をしても全く痛みを感じないらしい。病気かと思ったけど、そういうわけでもないらしい。本人もよく分からないらしく、どう考えても異様な存在だった。エンプティの隊員はそんな紫苑が怖いようで、関わりたくなかったため、リーダー的な存在の葵が組むことになった。
ちなみに僕はそこまで気にしていない。単純に恐怖するほど、興味が無かったというのが大きい。そういえば、茉莉花も別に気にしていない気がする。突っかかってるのは見たことあるけど、軽くあしらわれている。ぶっちゃけ面倒だし仕方ないね。
「人型の空魔に会ったんだっけ。茉莉花と話したよ」
空魔の話というよりは茉莉花自身の話だが似たようなものだろう。
「確定してないから何とも言えないが、茉莉花がわーわー言おうがあったら逃げろ。戦おうとするなよ。それにしても、あれは……」
「何かあるの?」
「俺には姿が見えなかった。だけど、紫苑には見えた。その紫苑は硬直したままだった」
葵はそもそも認識すらしておらず、空魔の姿は紫苑しか見えていなかったらしい。本当にそんなことがあったのだろうか。僕はそこから疑問に思ってしまう。葵は紫苑の言葉を信じているうえ、情報も出回っているし突っ込むのも野暮か。
「聞けば聞くほど不思議な現象だ。ひょっとして空魔じゃない何か……宇宙人とか? ははっ」
「……念頭に置いておいた方がいいだろう。何があるか分からない。空魔はまだまだ謎が多いからな」
宇宙人の可能性とか冗談で茉莉花に言ったんだけど、そこまでだったんだ。ちょっと驚きだ。
「そういや、茉莉花が人型空魔のことを知りたがってたよ」
「茉莉花が? あいつは空魔を憎んでいるだけかと思ったけど、そういうの気にするんだな」
「そうみたいだね。んで、色々あって不快にさせたよ」
「……ほどほどにしとけよ」
僕が肩をすくめると葵は苦笑した。相性が悪いのは葵もよく知っているので、またかという気持ちだろう。葵はまとめ役として上手くいっているか気になるようで、何かあれば報告するように頼まれている。戦闘に関しては問題ないのだが、相性は難アリというのが現状である。
「戦闘時はそこまで悪くないのにな。正直、最初から合っているとは思わなかったから、どうしようもないか」
戦闘時に問題が無いのはほとんど茉莉花が倒していくからだ。僕はひたすらサポートに徹している。武器からして茉莉花の方が前衛に向いているだろうし、選択としては間違ってはいないと思う。後は、茉莉花が全部やってくれるなら何もしなくていいし楽だし、そこで揉めていたら命が危ないから、というのもある。どちらかというと本音はこっちだ。
しかし、葵が最初からそう思っていたとは知らなかった。葵はあまり人の人間関係に関して、はっきり言うようなタイプではない。そんな葵が分かってたと言うのだ。少し気になった。
「参考までにどんなところが?」
「簡単に言えば茉莉花は真っ直ぐ。お前は曲がってる」
「なるほどねぇ。もっと詳しく」
「詳しくって……言われてもなぁ」
曲がっている、ねぇ。基本的には角が立たないように生きているけど、茉莉花の前ではそうもいかなかった。茉莉花が悪いわけじゃない。僕が揚げ足を取るから彼女が不快になるのだ。じゃあ、どうしてそんなことをするかって。
それは――
「……俺の勝手な考えだけどお前さ、茉莉花のこと嫌い……かまでは分からないが、内心苦手に思ってるだろ」
笑えるくらい単純な話。
「そこまで思ったことは無いけど……」
嘘だ――本当は分かっていた。何の疑問にも思わず真っ直ぐにぶつかってくる茉莉花のことが、見ていられない。自分とは対極の位置にいる彼女の存在を認めたくなかった。だからキツく当たってしまう。似た者同士など勘違いも甚だしい。彼女を自分と同じ位置まで、落として安心したかっただけなんだ。僕はただの臆病者だ。彼女が僕の全てを知ってしまう時が来るのかもしれないと思うと、絶望を感じる。それくらい、茉莉花に本音を言うのは嫌だった。隣にいる葵だって知らないのだ。僕の心の奥深く沈んだ真実を。
「我慢すればいいとか思っていると、あっという間に崩れるからな。言いたいことは適度に言い合った方がいい。もっとも、お前が今の関係を変えたいと思っているかによるけどな。こればっかりは当人同士の問題だ」
「そうなるよねーあはは」
変えるか、変えないか。人間関係って大抵そうなるよね。この関係が終わるとしたら――全て終わった時だろうなと何となく思った。
そんな日が訪れたら、僕は一体どうなるんだろう。
葵は時計を確認していた。時計はちょうど次の日が来たことを示していた。
「……人型空魔の話から逸れすぎたな」
「そういやそうだったっけ。ホント、空魔って何だろう。不思議だな」
「空魔は人の心を喰う化け物。それだけだ。人の形をしたって根本的な所は変わらない」
人型の空魔とは確定していないのに、葵は確信しているように見えた。空魔の姿も見ていないというのに、何だかなぁ。
「葵は人型の空魔がいると思ってるの?」
「……さぁな」
明らかに言葉を濁している。
だからといって、深く追求することはしない。人型の空魔だったとして、どうせ僕に出来ることは限られている。戦うか逃げるか。死ぬか生きるか。約束されない明日はどっちに向かうのだろうか。
答えが出ないまま、明日はやってくる。