私の中にある感情はとても見るに堪えないものでした。
醜いとかそういう次元ではなく、虚無。
どうやっても埋められない、隙間だらけの感情。
何を見ても聞いても通り抜けていく、壊れた感情。
私は空白で何者でも無い。
誰でもない私。
夢も希望も何もかも消え失せてしまった。
私は無くしたものを探しているのです。
でも、見つからないのです。
もしかすると、見つからなくてもいいものかもしれません。見つけられないのなら、無くても問題ないのかもしれません。
それでも、私は探してしまうのです。見つからなくてもいいと思いながらも、探さなくてはと思ってしまうのです。
一体、私はどうしたいのでしょう。何をこんなに焦っているのでしょう。
これが私というのなら、とても諦めの悪い人間だと思います。
どこまでいっても他人事。
だって、私は何も持っていないもの。私の感情はどこかへ流れてしまうから。
分からないのです。
私という存在は、どのような人間だったのか――
これで正しいのでしょうか。
貴方は覚えていますか?
白い月が光る空――夜ともいえない、異様な光景が広がっている世界。外界からの侵入を許さない頑丈な檻。巨大な結晶が至る所から生え、荒地にもかかわらず、幻想的な風景を生み出していた。鮮やかな色に染められた、夢のような場所。
普通の人間なら、圧倒されてしまうだろうという世界に、少年は何の感慨もなく一人佇んでいた。
「やっとか」
その表情は嬉しそうでもなく、どこか愁いを帯びているようだった。この日を待っていたというのに、素直に喜べない。思いのままに踊り、浮かれることが出来たらどれほどよかったか。
「もっと、嬉しそうにしたらいいだろうに……と言いたいところだが、置かれた状況を考えればそうでもないか」
少年の心を見透かすように、勿忘草の色をした髪の少女が隣に降り立った。同じように空に浮かぶ月を眺める。
「君には悪いけど、僕は僕の願いを叶える」
「構わんが、自分の立ち位置を忘れるなよ」
「分かってる。君が死んだら全て終わりだし」
「結構なこと。物分かりがよくて助かる。他は良くも悪くも自由な奴ばかりだからな。まぁ、私がそういう人間を選んだというのは少なからずあるのだが」
「そんなこと言うくらいなら、逆らえないようにすればいいのに。君ならそういうこと出来るだろ」
「して欲しいか?」
意地悪く少女は問いかける。少女が本気を出せば、少年などたやすく懐柔されてしまう。少女はその手の力に長けていた。
「……実際やられるのはお断りだよ。自由に動ける方が良い」
「だろう。私もその方がいい。縛られるなんて御免だ。私とて、そこまでやろうとは思わない」
少女は手を広げ少年の目の前に躍り出た。勿忘草色の髪が、優雅になびく。
「私もお前たちも、それぞれ譲れぬ思いを持っている」
世界は複雑に絡み合っている。自分を通そうとすれば何かしらの障害に阻まれる。自分の思いを貫きたいと思うのと同時に、自分以外の人間も何かしらの思いを抱いている。強い思いを持つ者同士ぶつかり合えば、どちらかの願いが潰えることだってある。
それは敗北と同義だった。
「……何があっても曲げることはない。君を裏切ることになっても、僕は僕のやるべきことをやる。そのためにここまで来た」
少年は真っ直ぐ見据えた。大切なものを取り戻すために、どんな困難も乗り越えて見せるという覚悟。
少女は少年の覚悟を受け取り静かに笑う。
「好きにすればいい。私はその行く末を見守ろうじゃないか」
「人のことより、自分の心配した方がいいんじゃないの」
少年は素っ気なく言うと、その場から消えた。一人残された少女は、自嘲気味に呟く。
「そんなこと、私自身がよく分かっている。全く、感情とは厄介なものだ」
不安定な感情に振り回され、疲れ一人閉じこもった。
停滞していた少女の時間を動かしたのは、ある人間との出会いだった。
しかし、その出会いはあってはならないものだった。あの懐かしき日々はどんなに、願っても戻ってこない。
美しかった世界は、跡形もなく壊れてしまった。
「この世は腐りきった果実。私が望むのはただ一つ」
少女は白い月へと手を伸ばす。決して手の届かない場所だった。それでも少女は手を伸ばした。
運命を超えるために――