ユラギが叫んだ途端、レイラの真上に衝撃波が迫ってきていた。レイラは寸前で気づき何とか回避した。だが、先ほどまでとは打って変わって一気に体が重くなっていた。気持ちが沈むような、海に放り出されたようだった。
「気持ちの悪い空間。あなたの影響でしょうか」
「……ユラギが勝手に喋ってくれたようで、余計な手間が省けましたわ」
レガリアの表情はそう言いながらも、どこか固く感じられた。ユラギのことをあまり快く思っていないのかもしれない。レイラも少しだけ接しただけで、かなり疲れたのでそういった気持ちならば分からなくもなかった。
「あなたは世界を変えようとしている。いや、自分にとって都合の良い世界を創ろうとしてる――ということでよろしいでしょうか?」
「棘のある言い方ですね。私は別に都合の良い世界を創ろうとしているわけではありません。私が望む世界は皆にとっても良い世界になるでしょうから。神からの贈り物など一切無い、皆平等な命として生まれ変わり、煩わしい感情を……不純物を捨てて生きるのです。それが私が描く最高の世界よ!」
「ユラギはあなたの思いに惹かれたというのに、皮肉な話ですね」
「私の思いや感情が必要なのは今だけですから。私を縛る心も体も何もかも不要なのよ!!」
レガリアが前へ手を掲げると、魔法陣が浮かび上がり剣のようなものが出現する。標的はレイラであった。刃の雨がレイラに降り注ぐ。
「くッ……」
レイラは咄嗟に魔法で生成した、盾で防ぐ。だが、強度が弱かったのか一部貫通して、レイラの腕を掠めていった。多少の傷なら塞がっていくのでそこまで一時だけなら問題ではないが、長丁場になれば、不利になるのは目に見えていた。魔法使いとしての技量は間違いなくレガリアのほうが上だ。レインのときもそうだが、レイラには圧倒的に知識や経験が不足していた。レインのときは強引にグラスの力で推し進められたが、今回はレガリアもグラスに選ばれた者だ。レイラと同じくらいの力があるといっても差支えは無いだろう。器としての見込みが無いからと言って、レガリアが劣っているというわけではないのだから。
「魔法が思いによって強くなるなんて……思いという訳の分からないものに左右されるなど馬鹿らしいにも程がある」
「それがあなたを形作っているとしても……そう思うんですか?」
「そんなもの結果に過ぎない。感情などこの世界が消えれば意味のないものですもの」
全てが無かったことになる――果たしてそうだろうか。願った者の痕跡は消えてしまうのか――そんなのあまりにも虚しすぎる。レガリアは感情を不要なものだと判断しているようだが、レイラはそう思わない。悩んで、迷って、間違えて、悔やんだ先に人は成長していくものだ。その機会すら奪われてしまったら、その世界に未来はあるのだろうか。ただの閉鎖空間で何の希望も無く生き続けるだけになってしまう。それが果たして幸せなことなのか――レイラは賛同出来なかった。
「そんなに感情が邪魔ならさっさと消えればよかったでしょう。今のあなたは誰よりもこの世界に執着しているように見えます」
「何を言っているのか分かりませんわ」
「ヴェーダへの憎悪は抑えきれていないようですが!」
レイラが“ヴェーダ”の名前を出した瞬間、空気は一気に冷たくなったような気がした。感情が煩わしいと言いながら、かなり感情的な性格なレガリア――本当に彼女は本気で感情を鬱陶しいものだと思っているのだろうか。レイラは警戒しつつ魔法で生成した剣を構える。
しかし、レガリアは何も仕掛けてこない。それどころか不気味に笑っている。
「貴女がどう思うか……どうするかは勝手ですが、私が死ねばルーンも死にますよ」
「何ですって!?」
レイラの心を揺さぶる様にレガリアは語りかける。レイラの動きが一瞬だけ鈍り、それを見逃さなかったレガリアは魔法の力が込められた剣でレイラの肩を突き刺した。剣は魔法で作られたもので、さらさらと消えていくが、血は流れ続けた。治癒力を下げる効果もあるのか、傷の治りが遅かった。レイラは肩を抑えながらレガリアを睨みつけていた。
「あの子はあれでも私の傑作なのよ。普通の人間に見えるでしょう?」
「何を言っているんですか。ルーンは人間でしょう!」
どこからどう見ても普通の人間である。普通の――レガリアの言葉をまともに聞いてはいけないような気がした。聞いてしまったら、何もかもが崩れてしまうような――レガリアの言葉は止まるはずがなかった。
「ルーンは人間を模して作った人造人間です。正確には私の血とユラギの力で作ったいわば人形。まがい物のヒトですわ。アレは自分という存在が無い空っぽの器に過ぎません」
「人形……空っぽですって――?」
レイラは驚きよりもレガリアの物言いに憤りを感じていた。人形だって――? 普通の人間と遜色なく笑ったり、寂しそうな表情を見せることもあった。普通の人間と変わらない。
「勘違いをしないでほしいのですが、ちゃんと感情はありますよ。貴女もその目で見てきたでしょう」
レガリアは人形とは言うものの、感情はしっかりとあるという。ならば人とそこまで変わりないのではないか。だが、レガリアはルーンを人として扱っているようには見えなかった。傑作という言葉から作品か何かと思っているのか。
「人間と同じように感情があるというのに、まるで物のように言いますね」
「当然じゃない。私の作った作品だもの。私の知識とユラギの力を混ぜて作った最高傑作。何でもいうことを聞いてくれる、可愛い子よ。そこらへんにいる有象無象よりよっぽど優秀だわ」
歪なレガリアの愛情が伝わってくるようだった。ルーンはレガリアの願いの為に動いているという。あれは本当にそのままの意味だったのだろう。意思はあるはずなのに、意志は無い――ルーンが苦しめているのは間違いなくレガリアの存在だろう。
「……ルーンにはルーンの思いがあります。あなたはルーンの気持ちを聞いたことがあるんですか?」
「そんなもの聞いたところで何の意味もありませんよ。人形に余計な意思は必要ない」
「だったら、何故あなたはルーンに感情を与えたんですか!?」
「その方が魔法が強くなるから。それだけのことです。そうでなければ、感情などつけるわけないでしょう。私の手足として役に立にたってもらうには、高度な魔法を扱えないといけませんから。それにユラギの力も籠められるのですから、どこまで強い人形が出来るか試してみたいと思うのは、普通でしょう」
レガリアにとって、感情は実用性に過ぎなかった。人間らしくあって欲しいという願いも何もなく、その方が便利だからという単純かつ合理的な理由でつけられただけだった。
「挙動もどうなるか興味はあったので、学校に通わせたり国を滅ぼせと言った命令を出して、ストレス的なものも与えたりしましたが、見事に耐えました。ユラギの性格を若干引きずっているのが、残念なところではありますが然したる問題ではありません。あの子が何を企もうと、最終的には私の利になるようにしかなりませんので」
「それだけの為に……国を……?」
レイラは思わず絶句していた。学校へ通わすのはともかく、国を一つ滅ぼせという命令は明らかに度が過ぎている。それでも、ルーンは実行したのだ。レイラもその瞬間をグラスが見せた記の中で目撃した。ルーンはあの時、自分の気持ちを理解していたのだろうか――確か少女は「苦しそうなの」と問いかけていた。
だとすれば、ルーンは国を滅ぼしたかったわけではないということになる。最終的にレガリアの利になる――つまりレガリアの命令に逆らおうとも、国は滅ぼされる運命にある。レガリアの前ではいかなる抵抗も意味も為さないということになる。
「ルーンが何を考えようとも、あなたには何も関係ないことなんですね……」
「えぇ、そう言っているでしょう。あの子はただの便利な駒の一つに過ぎないのですから。何やら不満そうですが……そもそも、私が創ったものだからどう扱おうが私の勝手ですわ」
レガリアはさらに追い打ちをかけるように、巨大な魔法陣をつくり魔法を放つ。蛇のように動く光の束はレイラを捉え、焼き尽くす。
「がッ……」
皮膚が燃えるように熱い――だが、それでも死ぬことは無かった。感情が高ぶっているからか、グラスの力がいつもよりも湧き上がっているようだった。これは怒り――なのだろうか。レガリアに対する怒りがグラスの力を強めているのか。
しかし、怒りをあらわにしたところで、レガリアを倒してしまえばルーンは消えてしまうという。そうなってしまったら、ルーンの願いは一生聞けなくなってしまう。レイラはどうするべきか――内にあるグラスに問いかけるが、もちろん反応などあるわけがなかった。自分で決めなくてはいけないことなのは、分かっている。
「貴女はルーンの願いを叶えたいのでしょう。だったら、そのままくたばるべきですわ。何故なら、ルーンの願いは私の願いなのですから」
嘲笑するレガリア。レイラは痛みをこらえていた。すぐに傷が治るからといって、痛みがなくなるわけではない――ルーンが人でなかったとしても、心の痛みが無くならないように。
「ルーンが……本当にあなたの願いが叶うことを望んでいるのなら、今頃私とあなたは争っていないでしょう。あなたの言う通り、私はあなたに器を譲るはずです。今の状態は果たしてあなたにとって有益なことなんでしょうか?」
「……何が言いたい」
レガリアはレイラをまっすぐ見据えていた。凍えるような瞳は何もかもを拒絶しているようだった。いくら、ルーンの行動がレガリアの利になるようにしかならないと言っても、他人の心までは操れない。レインがレガリアに屈しなかったように。ルーンが何かを考えたところで、彼自身の行動では変えられないかもしれないが、他人の行動までは制御出来ないはずだ。もしかすると、ミリィの勝手な行動を見逃していたのは自分を介さない誰かに状況を動かして欲しかったのかもしれない。
もし、そうだとするならルーンが願っていることは――
「……私はあなたの願いを叶えるつもりなど無いということですよ! 現実を見なさい!!」
レイラは黒い剣を掲げ、レガリアに突っ込んでいき、そのまま斬りつけた。レガリアの右肩から胴体にかけて大きな斬撃の跡が入った。完全にレガリアは油断していたようだった。レガリアの表情からは優雅さは掻き消え、この世を焼き尽くすような憤怒に彩られた。
「二度と這い上がれないように、封印してやる。地獄ですら生ぬるい場所に送ってあげるわッ!!!!」
レガリアはレイラへのお返しと言わんばかりに熱気につつまれた魔法を繰り出す。巨大な斬撃のような魔法は、辺りが焼け野原になりそうなくらい輝いていた。一撃は重いが、隙は大きい。レイラは難なく避けていた。
「他者だけではなく、自らの思いすらを蔑ろにした報いです」
魔法は思いによって強くなる――レイラの心は今、大きなうねりを起こしていた。レイラは最適なタイミングを見極め、レガリアへ魔法を叩き込んだ。レガリアを凌駕するほどの思いが、包み込んでいく。レイラはいつの間にかグラスの力を完全に使いこなせるようになっていた。
「……私はあなたを相手にしている暇などありません。あなたへ止めを刺すのは私じゃないから」
彼女を殺すに相応しい相手がいる――レイラは知っていた。誰よりもレガリアのことを思っている存在を。後は全て任せようと思った。
「くっ……」
レガリアの体は真っ二つに引き裂かれていく。体を裂かれながらも、恐ろしい形相でレイラを睨んでいる。どんなに憎悪を向けられても、レイラが怯むことはなかった。
「あなたはもう一度、自分自身と向き合った方がいいかもしれませんね」
「ぐッ……私はァ…………」
夢か現か、レガリアの姿は砂塵の如く消えていく。これでルーンを縛るものはなくなったハズだ。レガリアが消えてしまえば、ルーンは解放される。
(直接聞けないのは残念だったけど……仕方ない)
レガリアが完全に消え去った瞬間、目の前にユラギが現れた。最初から最後までどこかで見ていたのだろう。
「勝者は決まったようだね」
「さっさと、話の続きでも何でもしてくれませんか」
「物分かりが良くて助かるねぇ!」
今更、何が来ても驚くことなど無さそうだった。レイラはじっ、とユラギを見ている。
ユラギはわざとらしく、咳ばらいをしながら腕を広げて大仰なポーズをしながら語りだす。
「さて、それではこの世界と君の今後の役割について――説明しようじゃないか」