黄昏に沈んだエトランゼ

『本音を言うも、言わぬも自由ですが、もしも――貴方が言っていたらどうなっていたか――無粋な真似かもしれませんが、興味があります』

 最後の分岐点――運命を分かつ最期の願い。

『これはあったかもしれない欠片の一つ……夢の続きのその果て――人によっては、蛇足かもしれません。今となっては潰えてしまったものですから。それでも、興味があれば見てみるのもいいかもしれません。ただし、見た後の苦情は受け付けませんので、くれぐれもご注意下さい……』

 終わりのその先へ――世界は再び甦る。

 夜明けの光が差し込む世界――ある少女は選択を迫られていた。僕はその選択をただ受け入れるだけだった。

「色々考えたけどね。私、この世界好きだよ。だって、私が望んだ世界だし」

 高望みはしない――この世界が終わるのは決まっていたことだ。閉じた世界のままでは、前に進むどころか未来すら見えなくなってしまう。僕とて、紫苑がそのような未来を辿ることを望んでいなかった。
 だが一方で、僕には僕の願望があった。空魔だから当然だ。綺麗ごとを並べたって抑えきれない欲がある。僕の根幹であり、原初の願いで、諦められないもの。あまり期待はしてなかっただから僕は思い切り目を見開いてしまった。信じられない言葉と展開に、夢を見ているような気分だった。ここが夢のような世界だというのに、さらに夢の中に堕とされるとは思ってなかった。

「だから、この世界が終わるまでここにいたいな」

 何かの聞き間違いかと思った。でも、紫苑はとても穏やかに僕を見ていた。まるで、慈しむかのような瞳で僕の目を見ながら、そう言ったんだ。

「どうして……」
「次の世界があるからって、この世界が無くなるのは……納得出来ないっていうか。難しいな……無かった事にしたくない……近いのはこの気持ちなのかな」
「ここには未来も何も無いんだよ。終わりしか無いんだよ。それでも、いいの……?」
「もともと、終わってた命だし今更だよ。それにさ、クロも巻き込んじゃったわけで……振り回すのよくないと思って。これじゃ言い訳みたいだ。とにかく、私はこの世界で終わりを見届ける。それが私に出来る償いだと思うから……死んでしまった人達を忘れたくないから」

 引け目からこの世界にとどまり続けるのだったら、いっそのこと別の世界に行って欲しい。その為に、僕は殺したっていうのに――何もかも本当に無駄じゃないか。あぁ、でもここが僕の思い描いた世界っていうなら、これが正解なんだ。誰にも邪魔されない二人だけの世界――願いは収束していくようだった。
 空がだんだんと夜明けからまた黄昏に染まっているような気がした――また日は沈む。恐らくこれが本当に終わりを告げるモノだ。夜が明けるということはすなわち、次の朝がやって来るということ。世界が続くというのなら、次の世界へ行く必要がある。だって、この世界は終わりにしか向かうことが出来ないのだから。
 僕は戸惑うしかなかった。紫苑はみんなが幸せになれる世界を選ぶと思ったんだ。心なんて見なくても分かってるって――思い込んでた。

「はは……紫苑がそんなこと言うとは思わなかった」
「悩まなかったわけじゃないんだよ。それにさ……柘榴を独り置いていくのも嫌だった。色々あったけど、感謝してる。クロなのか紫陽なのか……未だにちょっと混乱するけど」

 胸の中にあるとっかかり――暗い気持ちが掘り起こされる。僕は一体何者なのか――クロでもなくて、紫陽でもない。混じりあったその先にあるもの――決して同一にはなれないのだ。クロにもなれないし、紫陽にもなれないんだ。空魔になった時から抱いていた、小さな違和感は大きく膨れ上がっていく。このまま紫苑が別の世界に行ってくれたら、きっと気にせず済んだだろうな――なんて思っても遅かった。僕の中にある衝動は真っ直ぐに紫苑を捉えていた。

「僕は何者でもない」
「え――」

 衝動のままに僕は紫苑の唇を奪っていた。時が一瞬だけ止まったかと思いきや、これまで我慢していたものが全て壊れていく。保っていた均衡は音を立てて崩れていった――理性なんてもの、空魔にあるわけないだろう。こうやって話をしているのも表面上だけなんだよ。
 長いようで短いような時間――僕は紫苑からそっと離れた。

「クロでもなくて、紫陽でもない。空魔の柘榴――過去も何も関係ない。紫苑が好きなだけ。君以外何もいらない。終わるまで――ううん、世界が終わっても側にいて」

 残響のように何かが蠢いている。この選択が正しいのか――どうしてこんなことになったのか僕には分からないけど、でもこれでよかったと思う自分がいるのは間違いなかった。きっと、あのまま別の世界へ言っていたら、独りで泣いていただろうから。
 
「柘榴……」

 紫苑は特に嫌がる素振りもなかった。これまでのことを考えれば、拒絶されてもおかしくなかったのにな。気持ちを見たいけど、見るのは嫌だな。蘇芳の気持ち、今なら分かるよ。馬鹿にしてごめんよ。

「空魔っていうのはこういうものなんだよ。一つ願いが叶っても、また次の願いが湧いてくる。永遠に飢えからは抜け出せないんだよ。終わらせてくれる人間がいないと、ずっと彷徨い続ける欲に塗れた化け物だ」
「それでも……私は柘榴と一緒にいたいよ。貴方は紫陽でもクロじゃないっていうけど……私だってそんなの関係ないよ。ずっと助けてくれてたのに。私、柘榴に何一つ返せてない」
「別に構わないのに……僕が好きでやったんだからさ」
「そうじゃなくって――こうやって思うのもきっと、柘榴が大切だから……好きだからだと思うんだ」

 紫苑はそう言いながら、僕を抱きしめる。何だか失ったはずの心が、疼いているような気がした。空っぽのはずなのに――この温かさはなんだろう。

「ありがとう。こんな私をずっと見守ってくれて、助けてくれて――大好き」

 この言葉を抱いて、眠れたらもう何もいらない――そう思っていても、心の奥底では真実が渦巻いている。こんなんじゃ、満足出来ないと――声をあげて、啼いている。

「これで、終われたら……救われたらよかったのに――最高に幸せなのになぁ。まだ、世界は終わらないんだね……」
「すぐに終わったら、何も出来ないよ。だって誰もいない世界なんでしょ――普段出来ないことやってみたいな」
「何が出来るっていうのさ」
「全力で走り回って、色んな場所を探検するの。学校探索とかいいよね。普段入れない場所にも入ったりしてみたいなー」
「……しょうもないな。やることそれだけなの?」

 もっと、こう二人きりで人目をはばからずに出来ることあるでしょ――と言いたかったけど多分今の状態だと、とんでもないことを口走りそうなので言わないでおこう。僕が呆れた様子でいると、紫苑はすこし不満そうにしていた。

「えーだったら、柘榴はなにしたいの?」
「何でもいいよ。紫苑がやりたいことやってよ」
「他人任せよくないよ?」
「これまで頑張ってきたんだから、今くらいいでしょ。我儘だなー」
「えぇ……我儘なの? まぁいいや。街中見て見よ!」

 紫苑は僕の手をぐいっと引いて、砂浜を駆けだしていた。これだけでも、僕は楽しいんだけどな――同じように思っていたらもっと嬉しいけどな。感情っていうのは、キリがないね。これなら本当に空っぽだったほうがマシだよ。空虚でもなんでもいい、虚しさを許容出来る心があればよかったな。

「本当に人っ子一人いない。みんな空魔に食べられちゃったのかな」
「空魔になったヤツもいるだろうから半々じゃないかな。そこらへんにある黒い人影みたいなのは空魔みたいなものさ」
「私は大丈夫なのかな」
「ミオネの加護があるからいいんじゃない。元より、紫苑に選ばせるつもりだったんだ。紫苑がこの世界がいいっていうなら、納得するだろうさ」

 僕はあえて言わなかった――ミュオソティスと竜胆のこと。きっと彼らもまた同じように終われない存在なので、世界が終わるまで残り続けているはずだ。この世界を選んだ紫苑のことをどう思っているのだろう。接触が無い以上、深く介入するつもりは無いのかもしれない。ミュオソティスはともかく、竜胆は終わりがっていた。どこからともなく表れるかもしれない――そう思っていた。
 そんな僕の心を見透かすように、声が聞こえてくる。

『終わるのなら、どうだっていい。とっくに僕の願いは潰えている。ミュオソティスも消えてしまった以上、この世界は長くは持たない――君たちの好きにするといいさ』

 ミュオソティスが消え、核も消えてしまったようだ。残骸と化した世界はいつまで保つのだろう。黄昏の様相から徐々に暗くなっていく世界を尻目に僕らは色んな場所を駆け回った。普段入ることの出来ないビルや動かなくなった電車の中で騒いだりしてみた。
 コンビニやスーパーで勝手に食べても誰も怒りはしない。まさに世紀末だ。倫理などこの世界にはもういらないものだった。邪魔する者はいない。罪を裁く者も咎める者もいない地獄のような楽園。何をしたって構わない――そうだろう?

「……ねぇ紫苑。自分の家に戻ってみない?」
「うーん。ちょっと考えてたんだよね。けどさ……あくまでも、この世界の紫苑の家だしなぁ」
「気になるなら行ってみようよ」
「そうだね……」

 紫苑はあまり乗り気では無さそうだった。それもそうだろう。地続きではないにしても、別世界の自分の家だ。勝手知ったる我が家というわけではない。それに、この世界の紫苑と紫陽は死んでしまっている――果たして両親はあの後、どうなったのか。そういった気持ちもあるのかもしれない。
 それでも僕は紫苑の家に行きたかったんだ。どうせ終わるならそこがいい。そこで全てを終わらせたい――僕の純粋な願望だった。
 何故かって? あの場所には紫苑の色々な記憶が詰まっているからね。良い感情も悪い感情も全て、あの場所から始まっているんだ。好きな人のことは些細なことでも知りたいからさ――あの場所で、紫苑がどんな表情するのか見てみたいんだよ。我ながら趣味が悪いと思う――恐らくこれは紫陽の影響が強い。僕は僕――みたいなことを言っておきながら、影響は少なからず受けている。そもそも、紫陽とクロがいなければ僕という存在はいなかったんだ。僕は彼らの残骸のようなもの。僕だけは元の個体と呼べるものがない。ミュオソティス由来でもなんでもない、偶然出来てしまった産物さ。
 
「一応、この世界の紫苑としての記憶もあるけど……そんな面白い場所じゃないと思う」
「何となく気になったから言ってみただけ。面白さとか求めてないよ、うん」
「その割には顔がニヤけてる気がするんだけど……何か企んでない?」
「企んでいたとしても、紫苑なら乗ってくれるでしょ?」
「内容によります。変なこと考えてないよね?」
「あっはは。警戒しすぎだって」

 お喋りをしながら歩いていたら、あっと言う間に到着していた。距離的にはまだ着くはずがないような気がしたが、ボロボロの世界なら繋がりがおかしくても仕方ない。幸い、紫苑の家は原形を保ったままだった。ごく普通の一軒家。車は置かれたままで、花壇の花は枯れてしまっていた。手入れが行き届いていないようだ。

「……誰も世話してなかったのかな」
「元々誰がやってたのさ」
「お母さんがやっていた……と思う」

 紫苑の声は明らかに沈んでいた。こういう表情を見たかったんだよね~とか言ったら絶対に嫌われるので言わない。
 それにしても、廃墟のような感じもした。どうせ中に人はいないだろうから気にしないけど。

「中に入ってみよー」
「ちょっと! 遠慮なさすぎだって……」

 玄関に上がると、何だか埃っぽかった。掃除すらしてなかったのか――僕はリビングを覗き込んだ。紫苑は僕の裾を掴みながら付いてくる。自分の家なのにな――いや、厳密には違うか。
 リビングのテーブルの上にはアルバムが置かれていた。紫苑と紫陽の二人が映っている。
 そして、ライトを介して天井から吊るされたロープ――紫苑は苦しそうな表情をしていた。果たしてこのロープが何に使われたのか――僕らには分からない。部屋は埃を被っているだけで、荒らされている様子もないから判断に困る。

「……ごめんなさい」
「紫苑が謝ることじゃないよ。きっと、これは僕が悪いだろうから」
「どうして、この場所に来たかったの」
「色んな思い出が眠っているからね。どうせ、最期だし見ていきたいなって思ったんだ」
「……それは紫陽の思い?」
「僕の希望だよ。正直に言えば、紫陽の気持ちが入ってるかもしれないけど、来てみたかったんだ。この姿になってから、一度も寄ったことが無いからね。興味本位で探検気分だよ」
「そっか。柘榴がそういうなら仕方ないね……」

 困ったように紫苑は笑っていた。嘘はついていないさ。来たかったのは事実だ。理由はまだあるってだけで、言ってないだけ。紫苑の色んな表情を近くで見たかったんだ――恥ずかしいこと言えるわけないじゃん。全て知りたいし、僕のものにしたい――とかこういうヤツ、嫌になっちゃうよね。

「私の部屋もそのまんま残ってるのかな」
「紫陽の部屋もあるんだよねー何があるんだろ」
「本当に探検したかったんだ……」

 紫苑はなんだかんだで納得してくれたようだった。危ない危ない。
 階段を上った先には紫陽の部屋がある。容赦なく開けてみれば、まだまだモノが残っていた。机の中、クローゼットの中、ベッドの下まで隅々物色してみた。自分の記憶を辿った方が早いような気がするが、とくに目当てのものを探しているわけではないので無我夢中で漁っていた。

「……一応、他人の部屋だよね。柘榴の中にある紫陽はこの世界の紫陽じゃないよね?」
「一応、この世界の紫陽を喰ったから記憶も引き出せるんだよね。まぁ、宝さがしみたいな気分でいたいからそういうのは無しで」
「私が紫陽だったら、嫌すぎる状況だよ」
「僕も嫌だねーあははっ」

 紫陽の部屋を物色した結果、特に何もなかった。まぁ、紫陽が記録を残すような人間じゃないっていうのは自分が一番良く分かってる。思いはすべて自分のものだから、自分の中にあるべきだと――独自の理論があった。結局、紫苑にはぶつけてるわけだから、ただの言い訳に過ぎないんだけどね。
 そもそも紫陽の好きな人――紫苑はいつも近くにいたから隠し撮りとかしなくてもいいっていうのはあったね。記録なんてあっと言う間にいっぱいになるから、脳内保管が一番だって――自分で言ってて気持ち悪いな!

「うーん。やっぱり私には紫陽が何考えてるのか分かんないや。どうして、私のことが好きだったのかも……」
「この世界が似たような世界っていう前提で言うなら、紫陽は昔の約束をずっと覚えていたから――っていう説が有力だね」
「約束?」
「紫苑が幼稚園の頃か……紫苑が「ずっと紫陽と一緒にいる」って紫陽に言ったから、紫陽は真に受けたんだ。そこから、自分を守ってくれた紫苑に対して特別な思いを抱いたんだね」

 紫陽の魂から読み取った記憶だ――幼稚園の頃の話だ。昔の紫陽は気が弱く、いじめられていた。それを助けていたのが姉である紫苑だった。たびたび紫陽をかばっていた紫苑は特に気にしてなかったんだろう。それでも紫陽にとっては大切な思い出だったんだ。それこそ、自分の人生を決めてしまうくらいに――紫苑に焦がれていた。

「全然覚えてないよ。そんなこと言ったっけ……」
「だろうね。昔の紫苑は紫陽にとって憧れだったんだ――きっと何よりも大切な思い出だったんだろうね」
「……そうなんだ」

 紫苑の顔はどこか暗かった。思い出せないのも無理はない。紫苑の記憶はたくさんいじったからね。
 だけど、これに関しては何も触れていない。本当に紫苑が忘れてしまったことなんだ。紫陽はきっと、紫苑が忘れてしまったと認めたくなかったのかもしれない。僕としてはどっちでもいい話だ。

「私がこの町から離れて、寮生活をしようと思ったから――紫陽から離れようとしたから……紫陽は私を殺したんだ――今更だけど、納得したかも」
「その通りだよ。紫苑には到底理解されるはずがないんだ。だって、その気持ちは奥底にしまい込んでいたからさ」
「仮にそう言われたとしても、私は進路を変えるつもりはないけどね……」
「それも分かってたよ。でなきゃ、あんな暴挙に出ないって」

 どこまでも他人事――だって、僕は紫陽じゃないし。紫陽がこう思っていた、そういった記憶があった――抽出することしか出来ない。この解釈も本当は正しいのか分からない。でも、きっとこうやって残っているっていうことは大事なものだったんだろう。

「さて、紫陽の部屋は一通り見たし、紫苑の部屋へレッツゴー!!」
「いきなりテンション上げすぎ」

 一番来てみたかった場所なんだよね。紫陽は立ち入ってるけど、ほら猫としての僕は一度も入ったことなかったからさ。わくわくするよね。意気揚々と紫苑の部屋のドアノブに手をかけ、扉を開いた。そこに広がっていたのは――

「普通の部屋だね」
「……何を期待してたの」

 紫苑が呆れた様子で僕の後に入ってきた。白い壁紙で、机も白――アクセントにパステルカラーの入ったものが多い。星型やまるっこいクッションがベッドの上に乗っている。整理整頓されていて、清潔感のある部屋だった。こういう場所、嫌いじゃないな。僕も住んでみたかったなぁ。本当に猫だったらよかったのに。

「…………うーん。母さんがキレイしてくれたのかな。散らかっていたような気がしたんだけど」
「えーそうなの? なんだぁ」
「うるさいなぁ。自分の部屋なんだから別にいいでしょ」

 紫苑は不貞腐れていた。そういうところも好きなんだけどな。綺麗だろうが汚れていようが、紫苑の傍にいられるならそれでいいんだ。僕はベッドの上にダイブした。そもそも紫苑がエンプティに行ってから使われてなかったので、紫苑の匂いはそこまでしない。どちらかといえば、洗剤の香りが強い気がする。いなくなっても、大事にしてくれていたのかもしれない。

「ちょっと。私がやりたかったのに……」
「僕は飛び込んできてくれても構わないよ? ちゃんと受け止めてあげる」
「……遠慮しとく」

 そう言って紫苑はベッドの淵に腰を掛けた。ちょっと残念だけど仕方ないね。このふかふかの布団は僕が堪能しておこう

「それにしても、真っ暗。世界の終わり感増してるっていうか。もう終わりそう」

 紫苑の部屋に備え付けてある窓から見える景色は真っ黒だ。夜の色よりも一段と濃いような気がした。一切、光も届かない場所になってしまったようだ。本当に世界に二人きり――人によってはロマンチックなシチュエーションかもしれない。ただ実際目の当たりにすると、何の感慨も湧かない。終わり――というものがまだ僕には分からないから。終わってしまったら、もう何も感じなくなるだろうし、この思考も無駄になるだろう。
 それでも、僕は追い求めて、縋ってしまったんだ――未来の閉ざされてしまった世界に、紫苑を引き留めたかったんだ。僕という存在はここで終わってしまうから。新世界に僕の居場所はないだろうから、願ったんだ。
 そして、叶った――叶ってしまった。奇跡にも等しい結末だ。ここまで来たら、もう十分とは言えない。言えなくなってしまった。
 もっと、その先へ手を伸ばしたくなる。手の届く位置にあるのならば――終わりが決まっているのなら、何をしたって構わないだろう?

「これで終わりにしよっか」
「柘榴……」
「全て、無くなってもいいや。今、この瞬間があれば、何もいらない――」
「私も、もう全部ここに置いていく。柘榴が好きだから――柘榴と一緒に行きたい」
「紫苑が来てくれるなら、どこまでも行けるよ。今度こそ、絶対に離さない」

 遠い昔の約束――この思いの主はほとんど消えてしまったけど、僕の中に刻まれていた。身を焦がすような欲の炎は際限なく広がり続ける。歯止めなど効くわけがなかった。狂おしい思いに身を預け、僕は紫苑を押し倒す。紫苑はすんなりと受け入れてくれた――恍惚とした表情で僕を見つめる。

「――柘榴。大好き」

 世界は黄昏の中にゆっくりと堕ちていく。そこは底なしの闇が待っているだろう。それでも、僕は構わない――この夢が永遠になるのなら。この記憶が旅の終わりなら、最高に幸せだ――後悔も何もないって素晴らしいよ。最高の状態のまま消えるなんて、夢のようだ。あぁ本当に夢の中にいるみたいで――この熱が冷めないまま、眠りにつきたいよ。
 僕らは深い微睡に落ちていく。望んだ終末に酔いしれるかのように――